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生田作業長の奥様は、「本人の強い希望だったから」と葬儀を密葬で行われた後は、自宅にいると辛いからと、娘さんの嫁ぎ先に身を寄せておられた。
江島は、そうした情報を聞くたびに、申し訳がないという思いがした。
確かに、会社が倒産したあとは、部下達の再就職のために奔走していた。
そして、自分と唯一再就職の道が決まらなかった木原のことがあって、なかなか作業長の顔を見に行くことができなかったのだが、その間に何が起きていたのかを知ると、改めて不義理をしていたなぁ、と実感するのだ。
車で2時間。
それが、生田作業長の奥様がおられる町までの距離である。
「随分と田舎だ」と江島は思った。
作業長のお骨は小さな仏壇に祭られていた。
「まだ、納骨をする気にならなくて・・」と奥様がおっしゃる。
「知らなかったとは言え、大変失礼を致しました。」
江島は、本心からそう思って頭を下げた。
線香をあげさせていただく。
カラーではなく白黒の遺影が、生田作業長の生き様を物語るように江島を見下ろしている。
線香の香りの中で、江島は数分間、じっと動かなかった。
自分が入社してからの20数年、作業長とは、ぶつかりもして、反抗もして、それなりに鍛えられた。厳しい人だったが、それが今の自分を育ててくれたのだという思いは決して忘れてはいない。
手を合わせていると、そのごつごつとした両手がそっと伸びてきて、「まだまだ甘いのう」と言ってくれるような気がしてならなかった。
「作業長が生前になさっていたお仕事のことをご存知なのでしょうか?」
江島は、単刀直入に奥様にお訊ねした。
奥様は、ただ首を横に振られるだけだった。
「家では、仕事のことは申しませんでしたから・・。ただ・・・。」
そこで、奥様は話して良いものかどうか、迷われるような顔をされる。
「ただ・・・・・?」
江島は、どうしてもその先に続くことが聞きたくて、その言葉を繰り返す。
「これを言って良いのかどうかわからないのですが、会社が倒産した後も、病院にも自宅にも、よくお仕事の関係だとおっしゃる方がお見えになっていました。どこのどなた様であるかは、私は聞いておりません。ですが、・・・その方が来られた後は、主人は自室に篭る事が多くなって。・・・・体が心配でしたから、あまり無理なことはしないでください、と言ったのですが、あの通りの性格ですから、私の言うことなど、これっぽっちも耳に入ってはいないようでした。」
奥様のその言葉を聴いて、江島はあの片野だと思った。
「50代半ばの、どちらかといえば恰幅の良い、それで、右目の下に黒子のある人ですか?」
片野の特徴を並べて確認する。
「はい、そうです。大きな会社の重役さんのようには思いました。いつも、大きな黒の車で、運転手さんが付いて来ていましたから。」
江島は、深く頷いた。
やはり、そうだった。嘘や偽りではなかったのだ。
「失礼なことをお尋ねします。御気を悪くされましたら、謝ります。」
江島はそう言って、話を切り出した。
「会社倒産後も、お仕事をされていたのではないのか、と思うのですが・・・」
奥様は少し考えるようにされた後、
「そうですね。あの倒産の騒ぎがあったときは、丁度入院しているときでしたが、主人はその以前と殆ど変わらないように見えました。もちろん、会社に行くことはしませんでしたが、休日と同じように、自宅にいるときは殆ど自室に篭っておりましたし、病院に入院したときも、図面台と言うのでしょうか、大きな製図が出来るような机を持ち込んで、何やら作業をしていたように思います。」
江島には、その時の生田作業長の様子が手に取るように感じられる。
(つづく)




