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「それからですね、生田さんは、このようにもおっしゃいました。

『技術者という職人は、図面で心を入れ、実際の加工作業で血を注ぎ込む。そうでなければ、本当に生きた物は出来上がらない。』と。そして、それが出来るのは、江島さん、あなただけなのだと繰り返しおっしゃったのです。万一にも、他の人間にさせるのであれば、あの図面は全体として死んでしまうと。」


江島は、その言葉を聴いて、それが生田の意思だということを確信した。


「分りました。・・・・でも、少しだけ時間をください。」

江島はそのように答えた。

「何か、ご不審な点でも?」

片野は、保留されたことが少し不満だったようである。


「いえ、そういうことではなくて、私も会社が倒産してからずっと現場を離れていました。ですから、いまの自分に、作業長の意思を引き継ぐだけの技量があるのかどうか、今一度考えて見たいのです。」

江島は本心からそう思っていた。即答できない自分が情けなくもあるのだ。


「対価の方は、それなりに考えさせていただきます。5千万円まででしたら、私の専決事項として扱えますので。」

片野は今度は経済面で攻めてくる。

「それで、お金の話が出たから言うわけではないのですが、・・・・こうした開発契約の対価は、原則的には1/3が前払いで2/3は完成後なのです。ですが、生田さんは会社が倒産したことをお聞きになって、申し訳ないのだが、必ずやり遂げるので、残りの額を今欲しいとおっしゃったのです。私どもとしても契約上の問題もありますし、取締役会でも議論を致しました。ですが、この開発案件は生田さんなくしては成功はおぼつかない、との立場から、例外中の例外として、その時点で1/3を会社にお支払いたしました。・・・・管財人さんが、それを原資として、皆さんに給与と退職金の一部をお支払になったと聞いております。」

片野は、その時のいきさつをそのように説明する。


「・・・・ということは、その後も、作業長は無給で仕事を続けておられたということになりますね。会社の役員でもなんでもないのに。」

江島は、今初めて聞いた倒産時の裏側に強い衝撃を受けた。


「ご了承のご連絡をお待ちいたしております。その名刺の電話で結構でございます。ご連絡を頂きましたら、直ちに生田さんが残された図面の全てと、契約書をお渡しできるよう準備は致しておりますので。」

片野は最後にそう締めくくって帰っていった。



その翌日から、江島は店を休んだ。


ひとつは、作業長の遺族、つまり奥様に会うためである。

知らなかったとはいえ、会社が倒産した後も、残された従業員のために何とかして・・・との思いで努力されていた作業長の墓前に、お詫びと感謝を言いたかったのだ。

「ご病気を抱えておられるのだから、会社が倒産した時点でその契約も放棄されたも良かった筈。作業長という立場だとは言いつつも、それはあくまでも従業員の1人である。経営責任を問われる立場ではなかったのだから、ご自分をそこまで追い込まれなくても良かったのに・・・。」

江島は、そのように思っていたのだ。


そして、もうひとつは、作業長にそこまでさせておきながら、自分はそうした矢面に立つこともなく、行方をくらませていた小出社長のその後を知りたかったのである。


(つづく)



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