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「概要はご理解いただけましたか?」

片野が訊いてくる。


「まあ、そのようなことがあったのだということは。でも、その話に私は何も関係していませんよ。それは、今、片野さんがおっしゃったとおり、極秘でされていたのでしょう?」

江島は、生田の行動に信じがたいものを感じるものの、誓約書まで入れていることを考えると、さすがに「そういうこともあったのか」と受け取らざるを得ないのだ。


「はい、その通りだと思います。で、実はですね、詳細の図面はほぼ完成しているのです。会社が倒産した後も、生田さんだけはこの仕事を継続していただいておりまして、そして、何度とない設計変更、もちろんこれは生田さんの設計がどうだこうだというのではなく、部品のひとつですから、他の部品等の変更に対応させていただくことも含めて、昨年の秋に、ようやくほぼ完成した図面を頂きました。」

片野はそう説明する。

「では、作業長は入退院を繰り返されている間を縫って、この仕事をたった一人でやっておられたということになりますね。」

江島は、生田の執念のようなものを感じた。

「そうなのです。ですが、この図面を頂戴するときに、ひとつだけ未記入の部分があったのです。」

「まさか、作業長がミスをされたってことじゃないんでしょうね。」

江島は、生田の仕事にクレームをつけられたような気になって気色ばんだ。


「いえいえ、そうではなくて、ですね。その部分は、理論だけではどうしても納得が出来ないから、実際にご自分で実地に作業をしてから書き入れる、とおっしゃったのです。」

「なるほど、作業長らしい言い方です。そういうことでの未記入だったら、同じ技術者として納得できます。」

「そこまでは、良かったのですが・・・・。」

「どういうことです?」


他に人間がいるはずもないのに、片野は一段と声を落として話す。

「生田さん、それ以降は、お体の具合が優れずに、とうとう実地での検証作業に至らなかったのです。」

「・・・・ということは、その未記入の部分は、そのまま・・?」

「はい、その通りなのです。・・・・それで、江島さんをお探ししていたというわけなのです。」

片野は、ようやく今日の本題に到達したという顔をした。


「えっ!・・・・それは、どういう意味ですか?」

江島は、片野が言う意味が分らなかった。

「図面を頂いたのが昨年の秋です。そして、今年の3月末までには未記入の部分を何としてでも完成させるとおっしゃっていたのですが、余程、具合がお悪かったんだと思います。2月の初旬に病院に来るようにと生田さんに呼ばれました。」

「ほぼ3ヶ月前ですね。」

「はい、その時に、生田さんがこのようにおっしゃったのです。

『俺も努力するが、万一、実地の作業が出来ない状況となったら、旋盤工の班長だった江島にさせて欲しい。彼以外には、俺の心の図面を描ける奴はいないから。』と。」

片野は、その時の様子を出来る限り再現しようと努力しているようだった。

その言い方も、どことなく生田の話し方に似ていた。


江島は、突然のように瞼が熱くなった。

「・・・それは、本当のことでしょうね。今、言われたとおりのことを作業長自らがおっしゃったのですね?」

「勿論です。」

片野は力を込めて、そう答えた。


(つづく)



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