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(10)

女の子が出て行ったのを確認してから、片野は背広のポケットからカード式の身分証明書を取り出して、江島に提示する。


見ると、その証明書には、顔写真ばかりではなく、どの指のものなのかは分らないが、指紋まで取り込まれている。

そして、その証明書の端には、細いチェーンがつけられていて、その反対側の端は、どうやら片野の腰のベルトに括り付けられているようである。


「えらく大層なんですね。」

江島は多少冗談めいた皮肉を込めてそう言った。

「これで、私を信用していただけますか?」

片野は真剣である。


「まぁ、一応は。」

江島は少しだけ不愉快に思ったが、なにしろ生田の名前を出されているから、このままで話も聞かずに帰らせるわけにも行かないと思っていた。

「では、申し訳ないのですが、表のドアの施錠をお願いできませんか?」

片野の要求は話が核心に近づいていることを裏付けるものと解釈できた。


江島は表のドアに内側から施錠して、戻ってくるときにはここでの仕事着である黒服を脱いでいた。

そして、カウンターの中には戻らず、片野の横の席に腰をかけた。


「実は、生前、生田さんには、私どもが開発を進めておりましたある宇宙機器の部品の制作について、細かな設計図と表面研磨の特殊技術の開発をお願いいたしておりました。」

片野は淡々と説明をする。

「ほう、それは知りませんでした。でも、作業長は、ずっと入院されていたのに、よくそんな話を承諾しましたよね。」

江島は、単純な事実としての疑問をぶつけてみる。


「このお話をさせていただいたのは、もうかれこれ15年ほど前なのです。つまり、生田さんがお勤めになっておられた会社がまだあった頃の話です。」

「そんな前のことですか?だったら、一緒に仕事をさせてもらっていましたが、ついぞ、そのような話は聞いていませんでしたが。」

もし、この話が事実だとすれば、生田はきっと俺には話をしてくれていた筈だという自負が江島にはあった。


「これが、その時の契約書のコピーです。」

片野はそう言って鞄から1冊の書類を取り出した。

「ここを良くご覧になってください。」

片野が指差したところには、『守秘義務条項』という文字が並んでいた。

「これはそちらの会社様では、社長の小出さんと直接的に開発をお願いした生田さん以外にはこの話は黙っているようにとのお約束です。これは、防衛政策にも関係するもので、いわば国家機密にも匹敵するものなのです。」

「ほう・・・・・。」

江島は、それしか言葉がなかった。

疑うつもりはないのだが、生田が、あの生田がこの俺に一言の声も掛けずに、このような重要な仕事をしていたとは考えにくかったのだ。


示された契約書のコピーに、一通り目を通す。

その何枚目かに、見覚えのある手書きの字が出てきた。

特徴のある生田の字である。

「誓約書」という書類になっていた。目で内容を追うと、確かに「機密を守るため、生田徳三1人でこれを実施する」と書いてあった。そして、最後に署名押印である。


(つづく)



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