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江島が勤めていた金属加工会社が倒産したのは、今から12年前。


当時は、誰も自分が勤める会社が倒産するなどとは考えていなかった。

仕事もそこそこにあって、月の半分ほどは残業までして加工処理をしていたのだから、それこそ「青天の霹靂」だった。


そろそろ春だなあ、と感じる3月のある月曜日。

いつものとおり会社に行くと、玄関のところに何やら人だかりが出来ていた。

「なんだなんだ、朝っぱらから、何を騒いでいるんだ。」

旋盤工グループの班長をしていた江島は、身近に突っ立っていた部下の斉藤を捕まえて問い質した。


「あっ!班長。・・・・どうも会社が倒産したみたいなんです。」

江島よりひとまわり年下の斉藤は、江島に耳打ちをするかのように言う。

「なに!・・・冗談もほどほどにしろよな。」

と言いつつも、この人だかりは冗談ではない。


どうやら、玄関の扉に張り紙があるようなので、集まっていた人間を掻き分けるようにして前へ行く。


冗談ではなかった。

玄関には、裁判所の「破産宣告書」が張り出されていた。


「中にも入れないのか?」

江島は斉藤に訊く。

「そのようです。この玄関にも、工場の入り口にも、全て鍵が掛けられています。」

「社長は?」

「行方知れずのようです。・・・・今朝、工場長が社長の自宅まで行ったそうですが、誰もいなかったそうです。しかも、家財道具も一緒に消えているそうです。」

「じゃあ、・・・・・完璧だな。」

「何がです?」

斉藤が訊く。

「会社が倒産したってことがだよ!」

江島がいつにない大声で怒鳴った。

江島は、斉藤にではなく、社長の小出孝雄に腹が立ったのである。


実は、先週金曜日の夕刻、江島は社長室で小出と話をしていたのだった。

以前から、工程時間がかかりすぎると言われていたある製品の加工について、江島なりの改善策を考えて、それを工場長と一緒に社長説明をしたのである。

「それで、どのくらいの時間短縮が出来るんだ?・・・・何だ、その程度か、もっと研究してみてくれよ。」

社長の小出は、江島の説明に対して、そう言ったのである。


そして、週休2日があけた月曜日にこの有様である。


今朝、ここに裁判所からの「破産宣告」が張り出されるということは、先週の金曜日、つまり江島が小出社長と話していたときには、社長の腹の中は決まっていた筈である。

今朝のこの光景が分っていた筈なのだ。

それをおくびにも出さず、淡々と説明を聞き、さらには「もっと知恵を絞れ」とまで言ったのである。

おまけに、自分達一家は、夜逃げ同然なのだろうが、この騒ぎになる前に姿をくらました。

卑怯にもほどがある。人間として許せないと江島は思った。



(つづく)



この連載は、リログというブログサイトに掲載したものを加筆修正したものです。

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