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先生の机ぐちゃぐちゃ事件

作者: 菊地飛助

とても短い青春ミステリーです。

登場人物は、英治・飛井・椎名・泥舟・飯塚、の五人です。



 ある真夏の、風の強い日の出来事。事件はいつでも突然に起こる。

気怠げにそれぞれの時間を過ごすミステリー研究部の面々の耳に、顧問である泥舟庵子の放った叫びが届いた。

「私の机が……ぐちゃぐちゃにされている!」

 すぐに部員達は泥舟の元に集まる。

「なんだなんだ? 何か面白い事でも起きたのか泥舟」

「問題事なら僕達で解決しますよ」

「うわ。ひどいなこりゃ。机の中、滅茶苦茶じゃないすか」

「これは……『先生の机ぐちゃぐちゃ事件』勃発だね」

 ミステリー研部室に置かれた顧問机の引き出しの中には、白黒の半固体状物質がぶちまけられていた。原型を留めている様子がなく元が何であったか想像しがたいが、それは甘い匂いを漂わせているのだという事に、ミステリー研究部部長の英治が気付いた。

「泥舟先生。これ、元はパイか何かじゃないすか。黒いのはチョコで、白いのはクリーム」

「確かに甘い匂いはしている。しかし、だとしても、普通こうはならないと思うね僕は」

 英治の言葉に飛井が答える。

引き出しの中に入っていた書類にはチョコが染み込んでおり、処分せざるをえない状態となっていた。チョコは渇いており、泥舟が手に持つと書類はぱりぱりと崩れてしまった。

「私の……書類……」

「まーまー、先生ドンマイ。書類なんてまた印刷すれば良いんだよ」

 肩を落とす泥舟を、部の紅一点、椎名が慰める。それを見かねてか、飯塚が宣言した。

「よーし決めた! 俺たちで事件の犯人を見つけよう! だから安心しろ泥舟」

 部員の誰もが飯塚の言葉に首肯した。

ここはミステリー研究部。事件が起きたらそれを解決するのが彼らの性なのだ。身近で起きた事件なだけに、余計に彼らのモチベーションは上がっている。

「さて、じゃあまずは状況確認からすね。先生、何か心当たりはないすか」

「私は誰の恨みを買った覚えもない。私をつけ狙うストーカーの凶行としか考えられない」

「え? 先生そんなのいたの?」

「いや、いないはずだけど……と、そういえば、先程引き出しに入れた私の荷物が消えている」

 飛井が「荷物、ですか?」と問うと、泥舟は短く「あぁ」と答えた。

「それじゃー部室の中を探してみようよ。もしかしたら何か出てくるかも」

 椎名の言葉を合図に、部員達は行動を開始した。辺りの机やら椅子やらをひっくり返し、それらしき物がないか探す。

 数分ほど作業は行われ、やがて英治が声を上げた。

「あ、あった。これそうじゃないすか。ロッカーの奥に入ってましたよ」

「……少し気恥ずかしいが、中を開けてみてくれないか。ぬいぐるみが入っていたら当たりだ」

 英治が問題の箱を取り出すと、飛井の眉がぴくりと動いた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 英治が箱を開けると、中からは奇妙な格好をしたクマのぬいぐるみが出てきた。

「あぁ、私の荷物だ。名を『ツキノワグマン』という」

「趣味悪いね先生。で、やっぱりこれ、犯人が隠したんだろうね。例のぐちゃぐちゃの代わりに」

 部室にしばしの静寂が訪れる。皆が事件について思考を巡らせているのだ。沈黙は長く続き、英治の一言がそれを打破するのには、5分の時間が経過していた。

「なぁ、『犯人はこの中にいる』って台詞あるよね。漫画で。つーわけで、もしかしたら犯人はこの5人の中にいるんじゃないすかね。ちょっとそれぞれのアリバイを確認してみましょうよ」

「良いねその考え。私は40分前までは英治くんと一緒にいたよ。英治くんが証人ね。その後は教室に荷物を置いて、廊下で友達と喋ってた。部室に来たのは事件が起こる1分前かな」

「僕は15分前までは職員室にいました。当然、証人は先生方です。以降は部室に向かい、そこで、その、売り言葉に買い言葉で、飯塚と部室内で野球勝負を」

 泥舟の非難の目が二人を襲う。それをはぐらかすかのように、飯塚が言葉を発した。

「お、俺は30分前まで教室で友達と喋ってて、その後、部室に向かったぞ。途中、英治と会って喋ったりもしてたけどな。部室に行ってからは飛井の言葉通りだ!」

「俺は、まぁ、40分前までは椎名といて、一緒に教室へ向かった後、校庭で野球部の友人と喋ってました。途中、飯塚との会話も挟みましたけど。ここに来たのは事件の7分前すかね」

 部員4名の発言が終わると、今度は泥舟が口を開いた。

「じゃ、一応。私は30分前、ツキノワグマンを持って職員室を出た。途中、校庭で生徒に呼び止められ、宿題のヒントを与えていたね。ここに着いたのは20分前。すぐにツキノワグマンを机の引き出しに入れたよ。それから用事を思い出したので、事件までは職員室に戻っていた」

 全員のアリバイを確認してはみたものの、犯人の目星は付かなかった。再度、部室に静寂が訪れようとしたその時、飛井がそれを阻止した。

「少し考えたのですが、正直に言います。ツキノワグマンをロッカーに入れたのは僕です先生」

 4人が飛井に注目する。居たたまれなくなった飛井は慌てて言葉を続ける。

「いやいや犯人じゃありませんよ。野球勝負をする時にですね、僕の机の上に置いてあったんですこれが。で、邪魔になったのでロッカーの中に入れた次第で。先生は引き出しの中に入れたのでしょう? だったら僕は、犯人が机の上に置いたツキノワグマンを移動させただけですね」

 それを耳にした飯塚が驚きの声を上げる。

「ちょっと待て飛井。そもそも、その箱を机の上に置いたのは俺だ。いつの間にかなくなって不思議に思ってたんだよ俺」

「え? じゃあ飯塚が犯人なの?」

「違うよ椎名! もうこの際だから言っちまうけどさ。今日、飛井の誕生日だろ? だから教室に置いてあったプレゼントをここまで運んできたんだ。箱の中身がツキノワグマンのはずねえ!」

 飯塚の言葉に、その場にいる全員の頭上に疑問符が浮かんだ。そうして皆が沈黙し、やがて、

「あ、もしかして、すけど」

 英治がこの事件の解答を思いついた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「そのプレゼントさ、飯塚の用意したもんじゃないっしょ?」

「……そ、そうだよ。箱に誕生日メッセージが添えられてたからな。誰かが用意したんだろうと思って教室から持ってきたんだ。でも、何でわかったんだ英治?」

「いや、飛井の誕生日プレゼントを用意したの、俺と椎名すもん。で、箱の中身は、ケーキ」

 3人が目を見張る。

「ま、そういうわけで、実は30分前まで、椎名と2人で誕生日ケーキを作ってたんす。で、椎名に手渡した。椎名はそれからケーキをどうした?」

「…………えーっと、実は、教室に置き忘れて、友達と喋って戻ってきたらなくなってたから、心苦しくて黙ってた。ごめん」

「で、そのケーキを俺が部室へ運んだわけか。で、でもそれがどうしてツキノワグマンに?」

「飯塚、俺と喋った時、ケーキ持ってなかったよね。持ってたら気付きますもん俺。て事はその間どっかに置きっぱなしにしてたわけでしょ? で、同時刻に、先生は校庭で生徒と喋ってた」

「まさか、私が、ケーキとツキノワグマンを取り違えた?」

「そういう事すね。まぁ、似たような箱だったし無理もないんじゃないすか。というわけで、飯塚がツキノワグマンを机の上に置き、先生がケーキを引き出しへ放り込むに至ったんす」

「だが、箱に誕生日メッセージなど添えられてなかったが英治くん」

「今日は風が強いっすからね先生。そんなもの、外に置いとけば吹き飛ぶんじゃないすか」

「し、しかし英治。では何故、ケーキはあんなぐちゃぐちゃに? あれ、すでにケーキの原型なんて留めてないじゃないか」

「飯塚の馬鹿が、こんな猛暑の中、外にケーキを放置してたからね。チョコがドロドロに溶けちゃったんすよ。それがまず第一。で、第二に、野球勝負してたんだよね飛井と飯塚。先生の机倒しちゃったりとかしたんじゃないの?」

「僕は覚えがないが……飯塚?」

「ごめん、飛井がボールを取りに行ってる間に。すぐに直したけど、まさかそれが原因だとは」

「じゃあ、これで正解すね。飯塚がドロドロに溶けたチョコを飛散させ、んで、まぁ、後から来た俺がエアコンをつけた事でそれが固まる。結果、引き出しの中の惨状が生まれた、と。つーわけで、これにて『先生の机ぐちゃぐちゃ事件』解決す」

 おぉー、と歓声が上がり、簡単な拍手が起こる。

「びっくりだよ。犯人なんていなかったんだね。じゃ、みんなで後始末して部活動を始めよー!」

椎名の言葉通り、この事件に犯人などいなかった。ただ、ハウ・ダニットのみが存在していた。詰まるところ、単なる偶然の産物である事故だったのである。

 だが、たった一つ、英治は最後まで秘密を打ち明けなかった。

 そう、椎名と二人でケーキを作った際に、チョコなど一切使わなかったのだ。それが今、チョコだらけのケーキになっている理由。それはどうしてか、誰がケーキにチョコを載せたのか。

 英治はとうにその答えがわかっていたが、椎名の心情を慮り、口にするのを避けた。

 きっと、ドロドロに溶けてしまうまで、チョコはハート型をしていたのであろう。


読了あざすです。

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