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婚約破棄されたんですけど、今からでも入れる保険ってありますか?

作者: ふたーなる
掲載日:2026/09/28

 「えっと、こんにちわ」


 白いドレスを着た、いかにも貴族、という女が入ってきた。

 室内なのに、帽子なんか被るなよ。


「あ〜、すいませんすいません。あ、じゃあ、失礼しますね、」


 そういって、こちらがまだ許可も出していないのに彼女はカウンターの椅子に腰掛けた。


「えっと、今日はどのようなご要件ですか?」


 まだ若い、というか、ここに勤めて十年の私よりは少なくとも若い女性だろう。


「実は、婚約破棄されてしまいまして、」


「・・・婚約破棄ですか、とすると、こちらのかなりお値段は高くなってしまうのですが、「今からでも間に合う!!婚約破棄コース」というものが、当店にはございまして、」


 どんな客でも、客は客だからな。

 最近は、どうも婚約破棄される悪役令嬢?っていう人が多いので、新たに作ってみたらそれはもう大当たりして、給料がもらえる代わりに残業が増えた、という結果になったのだ。


 まあ、十年働こうがなんだろうが、私は所詮は一端の社員なのだ。

 会社が儲かれば、それで良しだもんな。


「・・・でも、結構お値段するんですね」


「婚約破棄された方でも、まだ間に合う保険ですので」


 営業スマイルのはずの笑顔だったけれども、今では仕事で笑顔のときの方が多いのだから、相対的に見れば、むしろこれが普通の顔なのだ。


 不格好な、笑顔。


 笑顔を絶やせない会社ですからね。


「いや、その聞いてくださりますか?」


 私が「どうしたんですか?」と聞く前に、この女はぺちゃくちゃと自分の身の上を話しだした。


「私、婚約していた貴族の御子息がいたんですよ。それはもう幼い頃から、一緒に遊んだり勉強したりしてたんですね。婚約ですから、親同士も仲が良かったんです。大人になって、その夜の営みといいますか、」


 仕事で他人の夜の事情を聞かなければいけない、なんて地獄極まりない。


「彼とのセックスは、それはもう気持ちが良かったんですよ」


 さっきは夜の営みって濁してたくせに、と思ったのだが、どちらにせよ、客の話は嫌でもこの鉄壁の笑顔で受け流すしかない。

 なんせ、これが仕事だしな。


「でも、私がなかなか子供ができなくて、それで愛想を尽かされたんですかね、彼が違う貴族の女と仲良くしだしたんですよ」


「そうなんですね〜〜」


「それで、私が聞いたら「友達だよ」とか言って、私がセックスに誘うと彼は

「今は、そんな気分じゃない」とかわけのわかんないことを言うんですよ。それだから、絶対に何かあると思って、もっとしつこく問い詰めたら、ゲロりまして、やっぱり浮気してたんですよ」


 よくある話。よくある話だから。さも、「私だけが、こんなに不幸なんです」みたいなことは言わないでください。


 なんて、言いませんから。私は。


 だって、そりゃ誰にとっても自分が一番不幸で一番幸せですからね。

 そんな野暮なことはしません。

 聞き流すだけ。


「でも、それでも間に合うんですか?」


 ここから、ようやく仕事だ。


「ええ、もちろん。まだ、正式な破棄はされていませんか?」


 女は、顎に手を当てて「そうですね。まだ、口約束というか」と言った。


「それなら、全然まだ間に合います。まず、こちらを見ていただきたいのですが、」


 私は、引き出しから保険の仕組みについて詳しい説明の書かれている紙を取り出す。

 そして、それを机の上に置いて、女の方に向ける。


「まずここなんですけど、この保険に入っていただくと、翌日にはあら不思議、自然と元婚約相手の評判が下がり始めるんです!!」


 女は驚いた素振りで「ええ、翌日には、ですか?」と言って口を手で覆った。


「もちろん、効果には個人差があります」


 ここから、どれだけ客を押せるかどうかなのだ。


「もちろん、当社の保険はそれだけではありません。お客様の好みに合わせて三つのルートを用意しております」


 すると食い気味に「三つですか?」と言って、身を乗り出してきた。

 いいぞいいぞ!!


「はい、まず一つ目は、お客様を今よりも重要なポストに就任させる、というルートです。こちらでは、お客様が婚約破棄された貴族の方よりも偉くなれる、という最低保証付きで、そこからは、お客様との婚約を破棄した貴族やら王子を、ご自身の権力で思うがままにすることができます!!」


 女は紙をじっくりと見ながら、「それだと、後で他の人に「なんか、怖い」とか言われそうな気がするんですけど、」とやけに鋭いことを言うので、私はすかさず「まだ、・・・まだあります」と言った。


「こちらをご覧ください。これは、二つ目です。こちらでは、お客様によりふさわしいと当社が判断した男性をお送りします。代わりに、婚約してくれる男性をお送りするので、その方と新たに婚約をしてもらうことができます」


 女が何か言おうとしたので、そんなことは言わせまい、と「もちろん、それだけではありません。その男性は、お客様のことを婚約破棄した憎たらしい男の目の前で、あなたに求婚するオプションもついております。もちろん、追加料金は発生いたしません!!」と言った。


「それは、爽快ですね!」


「はい、そうなんです。求婚にくわえて、お客様を婚約破棄した男性を大勢の前で罵倒し、お客様の擁護をする、というオプションもついています」


「と、いうことは、」


「はい。もちろん、無料でございます」


 女はパチパチと小さく手をたたきながら「それはすごいですね!!」と言った。


「そして、こちらが三つ目のルートになります」


 私は紙を指さす。女の注目も、最大に高まっている。


「こちらは、「婚約破棄されたけど、別に断罪したり後悔させたい、といったことは少し苦手だ」という方向けのルートで、お客様の長所を活かせる新たな場所を提供いたします!!」


 そういってから、私は女に「お客様は、何か趣味とかございますか?」と聞いた。


「強いて言うなら、料理とかですかね、」


「それなら、お客様にピッタリなレストランをご用意することができます」


 女が「なるほど〜」といって頷く。


「更に、それにくわえて、もし後で「やっぱり、あの男を見返したい」と思ったときも、こちらの番号にお電話をいただければ、すぐに対応することができますので、」


 そう言って、電話番号の書かれた紙を差し出した。


「これって、お値段って、」


「もちろん、どのルートでも、すべて同じお値段で提供させてもらってます」


 女は、紙を覗き込んで、しばらく考え込んだあとに「・・・二つ目のルートでいですか?」といった。

「二つ目ですと、こちらがお客様に新たな婚約相手をお送りする、というものになりますが、お間違いないでしょうか、」


 女は大きく「はい」といって頷いた。


「もちろん、こちらから送られた男性にご不満や不備がありましたら、いつでも返品承っております。しかし、返金はできませんので、そこはご了承ください」


「いや、ほんとにありがとうございます。これで、明日からすっきりと暮らしていけそうです」


 女は嬉しそうにニコニコと笑っていた。


「では、お支払いは、」


「現金で、」


 そういって、女はどこからともなく、現生を取り出した。


「えっと、・・・ちょうどいただきました。男性のご郵送は、翌日になります。明日になっても男性が届かないようでしたら、そちらの番号に連絡をいただければ対応できますので、」


 私がそう言うと、女は帰る支度をしながら「いや〜、ホントにありがとうございます」と言ってきた。


 女が立ち上がったので、私も立ち上がり、「ありがとうございました」と頭を下げた。


 女は、嬉しそうにるんるんと帰っていった。


 それにしても、宮殿での生活なんて懐かしいな。

 私だって、婚約破棄はされたけれども、なんだかんだ忘れがたい思い出だ。

 あのとき、得意なことを聞かれて「人の話を聞くのが得意です」なんて言わなければ良かった、と後悔しない日はない。



 きっと、明日も後悔するのだろう。


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