聖女とは
聖人、聖女と讃えられる者達がいる。
いずれも後世にまで伝えられるような奇跡と偉業を成し遂げており、
神の名の下に数多くの人々を救済した傑物中の傑物とされている。
教国の礎を築いた始原の聖女、ペルラ。
百年戦争を止めた止血の聖人、ハーデ。
数十万の人々を癒した大聖女、オブシディアナ。
十人余りの彼ら彼女らは、教国中央大神殿の大広間に石像として、
現在でもその御姿を見ることが出来る。
基本的にこの称号は当人の死後、名誉と共に与えられるものだが、
選定は時の大神官長と、各教区の神官長達の協議で決定する。
政治権力や財力、暴力を駆使して、手に入れられるものではない。
それを破ろうとする者も、これまでは現れなかった。
◆
都市国家同盟の一都市、ここを教区としている神官長は焦っている。
教区の責任者として赴任してから既に五年以上が経っているが、
神官の数は多いのに治癒術師が増えない、貴族からの寄付も頭打ち、
平民からの寄付は言わずもがな、運営は厳しくなる一方だった。
もっとも、運営の厳しさは他の教区もそう違いはない。
貴族からの寄付欲しさに、貴族からあぶれた者を神官として採用し、
それを養うために貴族からの寄付を充てる、と資産を使い回し続け、
そのせいか優秀な神官がなかなか育たないのだ。
貴族の家から採用された神官は、全員神官学校で学ばせている。
曲がりなりにも教養はある、教義などは皆が皆そらんじられる。
しかし神聖魔術をまともに行使出来るまでに至るのはごくわずか。
治癒術会得者はかなり優秀、神聖魔術が一部使える次善の者達、
半数近くが神聖魔術を使えないまま卒業に至る。
体内魔素が多いはずなのに、この惨状がなぜなのか分からない。
どうせ神官は腰かけ、という不真面目な者も確かに目立つのだが、
ここしか生きてゆく場所がない、と真剣に考える者も数多いのだ。
にも関わらず会得が出来ない。どこに問題があるのだろうか。
ここの教区の神官長は考えた末、やるべきでない策を思いついた。
「聖人か聖女が我が教区から誕生すれば潤うのでは?」と。
◆
貧民街から連れてこられた少女は当初その境遇に戸惑っていた。
彼女は栄養も碌に摂れず瘦せっぽちだが、顔立ちには気品があった。
ある貴族が使用人に手を付けて産ませ、母娘ともども捨てられて、
母親は間もなく失意のうちに儚くなり娘だけが雑用で拾われていた。
拾った者は母親から話を聞いたが、捨てた家がどこかは知らない。
娘はその話すら聞かされず育ち、体内魔素だけは突出していた。
件の神官長は、これを美談へと昇華させるべく工作を行う。
ある貴族の嫡男ととある使用人が許されぬ恋に落ちてしまうが、
貴族の両親親族達がそれを許さず二人は引き裂かれてしまう。
失意のうちに儚くなった母親、それでも健気に生き抜いた娘。
家を継いだ嫡男は両親の隠居と共に、唯一愛した使用人を探す。
見つかった時にはすでに愛する人は失われ、娘が残されていた。
涙ながらに嫡男は娘を引き取り、愛を込めて見守ろうと誓う。
そんな筋書きを、小金を積んで独身の貧乏貴族に演じてもらい、
貧乏貴族の養女にした後に神殿で引き取り神官教育を施した。
わずかながら真実を混ぜ込むのが実に厭らしい。
幸いというか偶然にも、この痩せた小柄な少女には素養があり、
綿が水を吸い込むが如く神聖魔術をその身に刻み込んでいった。
この間、わずか三年。ここだけは偉業と言えるだろう。
神官長は図に乗って少女には勝手に「聖女」を名乗らせ、
捏造された美談と共に周辺貴族へと奇跡を売り込んでゆく。
もっともらしい看板に釣られ、貴族達も寄付を惜しまない。
内心そのがめつさに苛つかせられても、張り付いた笑顔で。
少女は、どん底から努力すれば努力するほど認められる世界に来て、
見た目も所作も見違えるように美しくなっていった。
ここでは食事に困る事も、夜中に凍える事もない。
神官長様のおっしゃることは絶対、と心から信じ込んでおり、
疑問を持たずに神殿の操り人形を続けていた。
◆
神殿に訪れるのは、治癒術を求める者だけではない。
他の都市国家より訪れた神官が旅の途中、この神殿を訪れた。
旅の神官に対しては、神殿は必ず遇する事を義務付けられており、
彼もここへ一泊するのだが、そこで「聖女」詐称を耳にしてしまう。
聖人聖女の認定を知っている神官は、当然神官長を問い詰めるが、
神官長が追い詰められるのを見た少女はこの神官を殺めてしまう。
極秘に殺された神官を埋葬し、なかった事にしようとした神官長は、
この神官が元は周辺の上級貴族の息子だという事を知らなかった。
そこから先は早かった。
行方不明になった息子を、その貴族家は手を尽くして探し、
半月もかからずにこの神殿の闇にたどり着く。
神殿を直接問い詰めるのではなく、教国を通じて調査を依頼し、
「聖女」を名乗らせた神官長は追い詰められた。
少女には教国中央大神殿にて処罰が下された。
贖罪のために生涯ここで無名の治癒術師として尽くすようにと。
無論聖女の称号は教国の名において没収され、幽閉の身となる。
神官長には別の処罰が待っていた。
禁術《亡者の肉欲》である。殺された神官との生命交換術。
神官長の生命を基として、殺された神官は蘇生に成功した。
一体誰が悪かったのか?何が悪かったのか?
聖女を作り上げた神官長か。聖女を演じ上げた少女か。
少女と少女の母親をごみのように捨てたどこぞの貴族か。
美談のでっち上げに一役買った貧乏貴族か。
あるいは教義を重んじて実態を見ようとしない教国なのか。
我ながら救いのない話だ




