落ちてきた勇者候補
ユイは、セオの巡回について、記録室の外に出た。
「……こっちだ。足元に注意しろ」
「うっ、はいっ……わっ、ぬるっ!?」
足を滑らせかけて、私は慌てて岩肌をつかんだ。
セオの後をついて巡回中――らしいけど、ものすごく険しい。。
「……巡回って、いつもこんなに険しいところを歩いてるんですか……?」
セオは無表情のまま、慣れた足取りで進んでいく。
プルニャンが、私の肩の上で「ぷるっ」と鳴いた。
たぶん「落ちないでねー」って言ってる。うん、気をつけよう。
そのときだった。
「……あれ?」
ふと耳に違和感が走る。
「……なんか、音しませんでした?」
耳をすませたその瞬間、ぴたりとセオが足を止めた。
「……このあたりにはモンスターしかいない。大方、また出たんだろう。こちらに来る前に倒しておく」
「えっ、待って待ってください、セオさん!? 歩くの早――わわっ!」
ついていくだけで一苦労。急斜面で足を滑らせかけて、ユイは岩壁を慌ててつかんだ。
その時――
「……前方、何か来る」
「……えっ?」
ガラガラガラガラ――ッ!
岩壁の上から、土煙と一緒に何かが――いや、誰かが――落ちてきた。
「くっ……! モンスターか!?」
セオが剣を構える。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁあ!!」
ドスン!!
重い音を立てて、何かが地面に叩きつけられた。
……人だった。
――金髪、青い目、やたらとキラキラした顔立ちの、イケメン。
なのに、服はくしゃくしゃ、泥だらけ。片方の靴は脱げてるし、顔にも土がべったり。
その男性は、ぺたんと座り込んだまま、ぼんやりとつぶやいた。
「……あっ……うっかり……踏んじゃった、かも……?転移トラップ…………」
肩の上のプルニャンが「ぷるーん!」と警戒音を発する。
(え、何この状況……!?)
落ちてきたのは、モンスターでも刺客でもなく――
どこか抜けてるかんじのイケメンだった。
◆◆◆
「……あー……いたたた……」
彼はこめかみに手を当てながら、ユイたちに気づく。
「……あっ、ごめんね! 驚かせちゃった? 君たち、どこもぶつけてない? 大丈夫だった? えっと、僕……カインっていいます! カイン=ルヴァレスト!」
(……いや、その前に…………)
「その前に、まずあなたの怪我を確認しないとですよ!?」
「僕、こう見えても結構頑丈なんで、大丈夫だよ!!」
隣でセオがすっと剣を抜いた。無言のまま構えるその姿は、いつも通り圧がすごい。
「ひっ!? ごめんなさいごめんなさい敵じゃないですー!」
カインは両手を上げて土下座寸前のポーズ。めちゃくちゃ挙動不審。
「……侵入者。どうやって入ってきた」
「えーと、それは……その……」
カインは目を泳がせ、しょんぼりと眉を下げた。
「たぶん……“転移トラップ”ってやつに引っかかっちゃって……。あんまりよくわかってないんだけど……」
(転移トラップ!? そんなRPGみたいなもの、ほんとにあるの!?)
「床に変な模様があって……なんか、うっかり“ふわっ”て……」
セオは静かに睨みつけたまま、一言。
「この場所に転移する経路は、理論上閉じられている。あり得ん話だ」
「……あり得ちゃったんです、どうやら……」
カインはへらっと笑う。どこまでも呑気だ。
「実はさ、僕……勇者試験の途中だったんだよね。仲間と迷宮探索してたら、突然床が光って……気づいたら落ちてて」
「……それ、試験中に落第してるんじゃ……そもそも勇者って、試験でなるものなんですか?」
「まぁ、また来年頑張ればいいかなって。そう、みんな憧れる仕事だよね!!勇者学校の卒業生がみんな受けるんだよ。」
(勇者って、勇者の儀とかでなるみたいな、ゲーム設定じゃないのね)
「……どこから来た?」
「王都マドリーカナルだよ。超有名だし、知ってるでしょ?」
セオがふと目を細めた。
「“この階層”の王都はナシチカーナル。マドリーカナルは……俺がかつて住んでいた、ミドル層の首都だ」
「えっ……えっ? じゃあここって……」
「アンダー層の、最深部だ」
「…………あれ? やばくない……?」
こうして、異世界の最下層にもう一人――
ポンコツ属性イケメンが増えることとなった。