服は着ないの?
「……ん……寒……」
目が覚めた瞬間、そう思った。
無機質な部屋。簡素なベッド、石造りの天井。
昨夜の記憶がゆっくりと戻ってくる。
魔物、スライム、この世界で初めて人に会ったこと。
目を開けると、寝る前に名前をつけた青いぷにぷにがぽよん、と揺れていた。
「……プルニャン、おはよ……」
「ぷるーん」
ぺとっと頬に押しつけてくるスライムの感触が心地いい。
透明度の高いゼリーみたいな身体はほんのり温かくて、なんだか落ち着く。
私は、肩まで下がる栗色の髪をくしゃっと撫でて、のろのろと起き上がった。
喉が渇いたので、昨晩にセオから分けてもらった水を飲もうと水壺に手を伸ばしかけたとき――視界の端に、裸の男の姿が映った。
彫刻みたいな背中。広く、しなやかで、無駄のない筋肉。
長めの銀色の髪が肩にかかり、わずかに動くだけで形が整うような、まるで絵画。
そして――上半身、服を着ていない。
「……え、えぇぇぇぇぇえええええッッッッ!?」
ガシャーン!
水壺を勢いよく置いてしまい、おおきな音が鳴る。そしてセオがゆっくり振り向く。
「セ、セオさん!? な、なんで服着てないんですか!? 」
セオは淡々と返事をした。剣の手入れをしながら。
「まだ濡れている。乾かしている。あまり騒ぐな。」
(確かに、私が見なければいいだけだよね。でもあまりに整いすぎるイケメンの裸って、目に毒なんですけど!?)
琥珀のような色の瞳がちらりとこちらを見たが、それ以上セオは何も言わなかった。
慌てて視線を逸らす。下はちゃんとズボン履いてる。よかった。
プルニャンが足元でくるくる回る。
「ぷるん」
(落ち着け私、私も服は手荷物に入っていた2セットと今着ているのしかないんだし、なんとかしなきゃ)
ひとまずセオに倣って、自分の衣服を洗って干しておく。
◆◆◆
「セオさんって、普段は何してるんですか?」
「この階層の番人。監視と巡回。記録の整理。」
「……記録って、誰かに見せるんですか?」
「俺自身のためだ。この層では、時間の感覚が乱れやすい。記憶の補完が必要だ」
「時間が乱れるって……?」
「同じ日が繰り返されたり、逆に数日が飛ぶこともある。魔力の流れが滞っている」
(やっぱり、この場所は“普通じゃない”)
「……セオさん。この階層?ってどこですか?外に出られないんですか?」
「“上に続く道”はある」
「えっ……道、ですか?」
「だが途中には“試練の門”がある。許された者しか通れない」
「試練の門……」
そのときだった。
突然、視界の奥で何かが“きらり”と光った気がして――
次の瞬間、頭の中に“声”が響いた。
『あっ、もしもーし! 転生者ユイさん、聞こえてますかー?』
「なっ……!?」
思わず声が漏れた。だが、セオは反応しない。プルニャンも変わらずくるくるしている。
『こちら、転送管理神のリューザです! いや~ほんっとうに申し訳ない! 転生の説明が届いてなかったみたいで!』
「……神様?」
『はいっ、一応そう呼ばれてます! で、ですね……なぜあなたがここにいるかというと――』