スライムくん、君の名は。
傍らで、先の魔物が崩れ落ち、銀色の剣を納めたセオがそれを無言で見下ろしていた。
ユイの腕の中では、さっきまで敵か味方かも分からなかったスライムが、ぼよんとおとなしくしている。
無性にやり遂げた感が込み上げてきてーーー
「ふっ……ふふっ……ふっふーっ! やった、やりきったぁー!!」
テンションの上がった私は、思わず両手を突き上げて叫んでいた。
心臓はバクバク。汗で背中がべったりしてて気持ち悪いけど、なんか、生きてる感じがした。
「うるさい」
「す、すみません……でももう、言わずにいられなかったんですよ……!」
セオは変わらず淡々と魔物の残骸を見つめていた。
たぶん、彼の中ではこれは“日常”なんだろう。
そんな彼の横顔を見ていて、ふと思った。
「セオさんって……その、もしかして人間じゃないんですか?」
「……どうしてそう思う?」
「いや、なんか……強すぎるし、表情も薄いし、見た目は人間っぽいのにちょっと違うというか……」
「……違う、か」
「いえっ、別に悪い意味じゃなくて! その、近寄りがたいっていうか……人とは少し違う雰囲気……?」
自分でもうまく言えた気がしなくて、私は視線をスライムへそらした。
彼(?)は「ぷるん」と小さく跳ねた。
セオはしばらく黙ってから、ぽつりと答えた。
「人間だった時期もある。だが今は、“半魔”と呼ばれる存在だ」
「半魔……?」
「魔力と肉体の構造が人間とは異なる。ここでは珍しくないが……他では忌避される」
「他……って、どこですか?」
セオは答えなかった。
ただそのまま踵を返して、淡々と背を向けた。
(あ、これ以上は聞かない方がよさそうなやつ……)
私は反射的に口を閉じた。
そのとき、スライムが肩に乗って、顔をすりすりしてきた。
なにこの癒しスライム。癒し性能たかすぎでは?
「そういえば……厚かましいこと言って申し訳ないのですが、寝る場所とかって貸してもらえます?」
「……“使われていない記録室”がある。案内してやる」
「ほんとですか!? やったー!」
浮かれながらセオの後をついていく。
しばらく歩くと、岩壁の前で彼が手をかざし、石が重い音を立てて横に動いた。
「うわ、自動ドアだ……岩製の……」
現れた部屋は、薄暗くて無機質な空間だったけど、石造りのベッドみたいな台がある!
「ベッドもあるんですね! すごい、最高!」
「……簡易記録室だった。この記録室以外の部屋は、どこも朽ち果てていて……まともに使える状態ではない。
だから、俺も一緒の部屋になるが、それは受け入れてくれ。……まあ……部屋があるだけマシだろう……。」
「マシどころか、安心して眠れるなんて、本当にありがたいです……」
私はスライムを抱えたまま、ソファのようなものに腰かけて深く息を吐いた。
はぁぁ、すごく落ち着く……。今日一日ハードだったからね……。
「セオさんも、疲れてないですか?」
「そうだな」
そう言ってセオはくるりと背を向け、上着のローブを脱ぎはじめた。
「……え?」
するっと自然に脱ぎ始める。
「……ええええ!? ちょっと待ってセオさん!?」
「なんだ」
「なんでそんな当然みたいに脱いでるの!? 私、一応女の子ですよ!?」
「服が濡れていた。乾かしている」
「それにしても…………せめて何か羽織ってほしいんですが……!」
「必要ない。嫌なら目を逸らしていれば良いだろう」
(確かに、私の方が居候させてもらってる身だしね。我慢我慢)
スライムが、ぽよん、と跳ねた。
私はセオに背を向けて、そのままベッドに仰向けになった。
部屋の壁を見つめながら、つぶやく。
「……今日はほんと、お疲れさまです……」
セオからの返事はないが、スライムからは
「ぷるーん」と返事があった。
スライムの重みと、ほんのりしたあたたかさが、ちょっとだけ安心感をくれた。
私はそっとその身体を撫でながら、ぽつりと呟いた。
「……ねぇ、君、名前とかあるの?」
「ぷる?」
「うーん……スライムくんじゃ味気ないし……じゃあ、プルプルしてるし、昔飼ってた猫の動きに似てるし……プルニャンってどうかな?」
「ぷるんっ!」
跳ね方が一段と元気になった。
「……決まりね。今日から、君はプルニャン!」
プルニャンは満足そうに、また肩に乗ってきた。
私はその重みに微笑みながら、そっと目を閉じた。
疲れていたからか、すぐに私は眠りに落ちていった。