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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

絶望の血雨と未来の礎

第一話、災厄の幕開け


 魔力の研究や見聞を広めるため、王都の外に出たかった。

 冒険者になればそれが可能と聞いて登録した。

 しかし、現実はそう甘くなく、依頼に追われる日々だ。


「おい、あれは何だ?」


 その声に気付き、読んでいた本から目を離し、ゆっくりと視線を向ける。

 御者が指を差す先には、空に描かれた魔法陣からカーテンのように赤い液体が降り注いでいる。

 しばらくして大きな何かが落下し「ドン!」という音とともに地鳴りが起こった。


 立ち上がり、目を凝らすと、そこには鬼が数体、地面に転がって蠢いている。

 それが荷馬車が進もうとしていた道を塞ぐような形になり、大きくため息をつく。

 やれやれ、また厄介事が増えた。


 しかし、このような現象は聞いたことは愚か、見たこともない。

 初めて目にする光景に、同乗している商隊長に進言した。


「これは王都に引き返したほうがよさそうですね」

「しかし、シエン殿、荷主に何と報告すれば……」


 くだらない言い訳を聞き、呆れて問いかける。


「あなたにとってお金と命、どちらが大切なのですか?」


 返事を待たず、荷台から飛び降りると、着地と同時に振り返り、商隊長に言い放った。


「今回の依頼はキャンセルさせていただきます」

「うむむ、仕方ない。おい、戻るぞ」


 商隊長の号令で、荷馬車が一斉に来た道を引き返していく。

 それを目にし、周囲を警戒しつつ鬼の元へ駆け寄る。

 近づくにつれ金属臭が漂い始め、間近に迫った頃、降り注いでいた液体の正体は血液だと気付いた。


 落下してきた鬼の身体から血が噴き出し、周囲は血の海と化している。

 怪我をしていようとしていまいと、人間に害をなすこれらを生かしておく理由はない。


「一、二、三体か……」


 右手を鬼にかざし、三体の雷の精霊を顕現させる。

 三角形の各頂点に精霊が並ぶと、うっすらと光り輝き、互いに線で結ばれていく。

 魔法陣が描かれ、その前方に力が集束し、球体が形成される。


 徐々にその大きさを増していく中、気づいた鬼が立ち上がった。

 叫び声を上げて迫ってくるが、慌てることなく狙いを定め、冷静に魔法を放つ。


「三式魔法陣、雷」


 球体から閃光が走り、稲妻が打ち出される。

 直撃した三体の鬼は、黒い煙を僅かに上げながら崩れ落ちた。


 ピクリとも動かないそれらを確実に仕留めるため、炎の魔法で焼き尽くした後、念のためしばらくの間この場に留まり警戒する。

 新たな魔法陣が出現しないのを確認し、徒歩で王都にある冒険者組合に帰還した。



 次に私を待ち受けていた依頼は、西の街にいる魔物の討伐。

 詳細は現地で聞けと、相変わらず適当である。


 そもそも王都西側は、現国王のユウタ様とその仲間である七英雄と呼ばれる方々が掃討済みであり、私が出向くような案件は本来ないはずだ。

 疑問を抱きつつ、多忙な私のために用意された専用馬車に乗り、現地へ向かう。



 馬車は開拓中である広大な大地を、休憩を挟みながら進み続ける。


「冒険者組合の依頼で伺いました。事情の分かる方はおられますか?」


 御者の尋ねる声で街にようやく到着したと胸を撫で下ろす。

 先日、長距離を歩いた影響もあるかもしれないが、休憩を挟んだとはいえ、ほぼ一日座り続けるとあちこち痛い。


「この先の煙突が三本ある建物に、この街の長がいます」

「ありがとうございます」


 その返答に御者は礼を述べ、馬車をゆっくりと走らせた。

 窓を開けて顔を出し、馬車の進む方角へ目をやる。

 大きな山が見え、至る所に煙突が立ち並ぶ街並みで、三本の煙突を持つ建物を探してみた。


 街の中心にそれらしき建物を発見したが、ふと疑問が浮かぶ。

 鉱業が盛んな街だと聞いているが、不思議なことに煙が全く上がっていない。


 山に向かって傾斜している道を馬車は走り、しばらくしてそこに到着する。

 降りて建物へ足を運び、扉を叩いて出てきた老人に要件を告げた。


「冒険者組合の依頼で伺いました。長はおられますか」


 ゆっくりと顔を下げる老人と見上げていた私の視線が交わる。

 次の瞬間、ビクッとのけぞり老人は声を上げた。


「君が?」

「そうですが何か?」


 反射的に返事したが、そう言われるのも無理はない。

 冒険者の主な仕事は魔獣の駆除や護衛である。

 目の前にいるのが身長一メートルほどの小僧であれば正しい反応であろう。


「これでご納得いただけますか?」


 首にかけていた紐を引っ張って、その先についた冒険者証を手に取り、長に提示する。

 金色に輝くそれには[一級冒険者シエン]と刻まれていた。



第二話、焦土の鉱山


「し、失礼いたしました」


 謝罪し頭を下げる老人に、言葉を返す。


「いえ、慣れていますので」

「儂が長です。どうぞ中へ」


 冒険者証をしまいながら建物に入ると、案内された部屋のイスに腰を下ろし、早々に話を切り出した。


「依頼の詳細をお聞かせ願えますか?」

「この街は鉱業で成り立っているのですが、鉱山に魔物が棲みつき、採掘作業ができなくなりました」

「魔物の種類は分かりますか?」

「詳しくは分かりませんが、大きな蛇がいることは間違いありません」


 大きさに個体差はあるものの、蛇ごときで上級冒険者に依頼が来るとなると、緊急性が高い案件か、何か問題があった場合が多い。もしくは……。


「他に冒険者は来られましたか?」


 こう尋ねたのは、時々事務員のミスで下級冒険者向けの簡単な依頼が回って来ることがあったからである。


「以前、組合から冒険者が数名派遣されてきましたが、鉱山に入ったまま戻ってきませんでした。このままでは、街の存続に関わります。どうか……」


 ここまで来たからには理由がどうあれ、こなして帰るつもりであった。

 祈るような格好で話す長の言葉を手で遮る。


「場所を教えていただけますか?」

「孫娘に案内させます」


顔を上げて立ち上がり、ドアへと歩み寄ると、開けて大声で叫ぶ。


「カナやーっ」

「はーい。うんしょ、うんしょ」


 元気な返事と掛け声が聞こえ、私とさほど変わらない背丈の三つ編みの女性が、身の丈に合わない大きな槌を手に現れた。


「このお方を鉱山まで案内しておくれ」

「はーい、こっちだよ」


 建物を後にし、カナを先頭に鉱山へ向かう。

 道は緩やかな登り坂で、その先には木々が生い茂り、ここからでも確認できる大きな山がある。


「カナも内緒で手伝うよ。冒険者登録したんだけど、危ないからおじいちゃんに止められているの」


 くるっと振り返り、腰にある小さな革袋から黒っぽい四角い板を取り出す。

 鉄色の「四級冒険者カナ」と刻まれている冒険者証を見せた後、取り付けてある紐に指をかけ、それをくるくると振り回した。


「それは心強いですね」


 万全ではない体調に登り坂はきつく、息を切らしながら答える。

 それに比べ、カナは重そうな槌を手に平然と歩いていた。

 どのような鍛錬を積めば、小さな体であの力があるのか不思議でならない。


 カナは冒険者証をしまい、振り返って前を向くと再び歩き出す。

 そして、ようやく坂を登り切った先は大きな広場となっていた。


「ここだよ」


 坑口は木板を打ち付けられ封鎖してあり、監視のためか数人が武器を手に滞在している。

 人々に手を振りながらカナはそこに近づき、いきなり槌を振りかぶる。

 呼吸を整えていると、それが目に留まり制止しようと慌てて声をかけた。


「ちょっと……」

「えぃ!」


 言い終わる前に、その掛け声と共に勢いよく振り下ろす。

 木板が粉砕され、飛んできた木片が私の顔をかすめ、カランッと音を立て後方に落下する。


 考えなく行動することは勘弁してほしい。

 魔物がそこいたら、多数の怪我人が出たはずだ。


 頭を抱えながら見えた坑内の様子は、予想に反して光が差していた。

 気を取り直し、坑口に近づきながら話しかける。


「ここ明るいですね」

「山頂から掘り下げて光源を取ってるの」

「カナさん、坑口はここだけですか?」

「うん、そうだよ」


 それを聞いて妙案が浮かんだ。

 先ほどの行動を見て一緒に坑内に立ち入るという選択は危険だと判断し、ここから討伐できるこの方法を実行することにした。


「では始めます。念のため、坑口の直線上には立たないでください」


 後方の安全を確認してから坑内に右手をかざし、火の精霊三体を前面、風の精霊三体を背面に、三角形の各頂点に顕現させた二つの魔法陣を描いた。

 前方に力が集束し、二つの球体が前後に並んで形成され、徐々にその大きさを増していく。


「三式魔法陣、炎」


 閃光が走り、巨大な炎の塊が打ち出され、坑内へ勢いよく飛んでいった。

 前の球体が収縮し消滅すると、間髪入れず続けて魔法を放つ。


「三式魔法陣、風」


 残る球体から閃光が走り、突風が吹き荒れた。

 収束後、離れて山を見上げる。

 湯気が立ち上り、山頂より炎が噴き出し、灰が舞い落ちた。


「こんなものでしょうか」


 独り言のように呟くと、カナが問いかける。


「すっごーい、なんで魔法を連射できるの?」


 理由を聞かれても気づいた時にはできていたので分からない。

 逆に言えば、なぜ魔法を連射できないのかと聞いてみたいが、普通は連射できないので、それに答えられる人はいないであろう。


「さぁ、わかりません」


 そう答えるしかなかった。

 再び坑口に立ち、坑内の熱気を風の魔法を放って吹き飛ばし、確認のためカナと中へ足を踏み入れる。


 鼻を突く焼け焦げたにおいを我慢し、分岐を一つ一つ念入りに確認して回ると、私の背丈ほどの焼け焦げた正体不明の物体が所々にあった。

 手に付いた爪の形状からモグラのようにも思えたが、殲滅掃討が目的のため気にせず先へ進む。


 最奥へ足を運ぶと、どくろを巻いたまま丸焦げになった大きな蛇の姿があった。

 念のため、炎の魔法を一発撃ちこみ、足早に長が待つ建物へ戻る。


「中にいた魔物はすべて焼失させました。完了しましたので、サインをいただけますか?」


 ここに入る前、待機させてある馬車から取り出した書類を挟んだバインダーを長に差し出すと、眉間にしわを寄せ、カナを見た。

 意味が理解できなかったのか、それとも他の冒険者がなしえなかったのに短時間で戻ってきたのを怪しんでか、あれは明らかに困惑した表情である。


「ぜーんぶ炭になってたよ」


 その言葉を聞いた長は表情を緩め、涙をこぼす。


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 涙声で何度もそう言いながらサインをした。


「次の依頼がありますので、これにて失礼します」


 書類を受け取り建物を出ると、馬車に乗り急いで王都へ戻る。



第三話、深淵への招待状


 王都に帰還し、休むことなく冒険者組合へ顔を出す。

 完了の報告と、次の依頼をこなすため、書類を手にカウンターへ向かう。


「あ、シエン君、組合長が帰ってきたら部屋へ来るようにと伝言されてます」


 小柄でぱっちりとした大きな瞳に、艶のある黒い髪をツインテールでまとめた受付嬢は、容姿端麗で他の冒険者から人気があるが、どうも苦手であった。

 どこか人を小馬鹿にしたような話し方が癪に障る。


 カウンターにそれを置き、部屋へ向かうと、ドアの前に立ち、目をつぶり深呼吸をした。

 久しぶりに顔を合わせる組合長は女性で、名前はユウコだが、どう呼べばいいのか分からず、組合長と呼んでいた。


 組合に所属しているとはいえ、冒険者は一人親方であり、上司でもないのに「様」は変だ。

 「殿」は目下の人に使用される敬称に近いので「さん」にしようと考えたが、本人を前に言葉が出なくなり、呼び方は組合長に落ち着いた。


 意を決してノックし、ドアを開くと恐る恐る中へ入る。


「組合長、お呼びと伺いましたが……」

「お掛けなさい」


 大きな窓を背にして、イスに座る彼女が、そう促す。

 七三に分けた前髪をヘアピンで留め、そこからのぞく目つきが鋭く、底知れない威圧感を醸し出し、窓から差し込む光が、それを倍増させていた。


「いえ、このままで結構です」


 ここに長くいたくない一心で、思わずこの一言が口に出る。


「シエン殿に、最南東の街の調査をお願いしたい」


 回ってくる依頼にしては珍しい種類だったので、念のため聞き返す。


「調査ですか?」

「はい。これは最重要事項です」


 呼び出して自ら話をするということは、拒否権のないということに等しい。

 この発言から察するに、先日目にしたあの現象がこの街に起こったのではないかと推測する。


「今すぐ向かいます」


 部屋を出ようとすると、残念な言葉を彼女が投げかけた。


「今回の件は、軍との合同調査になってます」


 同行者がいると気を遣うし、いざという時、足手まといになる。


「一人で行った方が早いし、楽なのですが……」


 こう提案したものの、返ってきた言葉は予想通りであった。


「状況が分からない以上、単独行動は認めません」


 大きくため息をついて尋ねる。


「時間は何時頃に?」

「明日の朝、ここに集合して現地へ向かいます」

「了承いたしました」


 軽く頭を下げて部屋を後にし、受付嬢のいるカウンターへ戻った。


「緊急の要件が入ったので、依頼は帰還後になります。ちなみに私への依頼はあと何件残ってますか?」

「十件以上ありますよ。ふふふっ」


 まったく、いつになったらこの忙しさから解放されるのだろうか。


「ここの宿をとります。部屋は空いてますか?」

「空いてますよ。鍵はこちらでーす」


 階段を上がって二階の部屋に入り、明日に備えて眠りにつく。



 翌朝、支度を整えて一階へ降りると、同じ装備を身に着けた集団が待っていた。

 一人だけ明らかに異なる服装の男がその一団から少し離れた場所に立っており、こちらへ歩み寄ってくる。

 顔は青白く、身体は痩せていて、見るからに不健康そうだ。


「初めまして、シエン殿、セイジと申します。組合長の言いつけにより、同行することになりました。以後、お見知りおきを」


 銀色の[二級冒険者セイジ]と刻まれた冒険者証を、屈みながら両手で持って私に示す。

 その姿と等級を目にして、この人もこき使われているのだと同情した。


 建物を出て馬車に乗る前、街のある南東の方角へ目をやるが、さすがにこの距離からは何も窺い知ることができない。

 総勢十二名、四台の馬車に分乗し、急いで現地へ向かう。


 外壁の門をくぐり、大森林手前で三方向に分岐している道を右折し、南の道を進む。

 森の端に沿って走り続けると、道は左右に分かれていた。

 馬車は左折し、東へ進路を変える。


 視界を遮るものがなくなり、開けた景色は、遠くの空が霞んでいるように感じた。

 夕暮れの中、時折現れる魔物を対処しながら、馬車は止まることなく進み続ける。


 朝日が昇り始めた頃、街から煙が立ち上っている様子を目にし、焦る気持ちを抑え、冷静さを保とうとした。


「人がいるぞ」


 最南東の街の手前まで来た時、その叫び声で馬車が止まる。

 急いで降りると、少女がよろよろと歩いている姿が目に飛び込む。


「何があったんだ!」

「大丈夫か!」


 軍の者たちが次々と声をかけるが、少女は泣き叫ぶばかりで一言も話さない。


「もう、怯えているじゃありませんか」


 そう言い、セイジは少女に歩み寄り、しゃがみ込んだ。


「どこから来たの? お名前は? お父さんとお母さんはどうしたの?」


 その問いかけにヒックヒックしながら少女は短く呟く。


「鬼が……鬼が……」


 街の方に指を差すと、再び大声で泣き出した。

 その姿を見て、居ても立ってもいられなくなり、行動に移す。


「様子を見てきます」

「シエン殿、一人で行くのは無謀です」

「セイジ殿とあなた方は、この子を頼みます」


 しゃがんで目線を少女に合わせ、頭にそっと手を置く。


「ここにいたら安心だから、いい子で待っててね」


 そう言い残し、街へ駆け出した。




第四話、闇の先に見えた光


 到着した街は、地獄のような光景であった。

 至る所に火の手が上がり、血だまりがあちこちにある。

 無残な死体が辺り一面に転がっているが、不思議なことに、人間ではなく鬼であった。


「これは一体……」


 警戒しながら付近を慎重に探索していく。

 地鳴りのような声が聞こえたかと思うと、すぐに断末魔のような叫びに変わる。

 声のする場所に近づいていくと、空に浮かぶ黒い影が見えた。


「何だあれは」


 建物の陰からそっと覗き込むように目をやる。

 全身黒ずくめの装いに赤く輝く瞳と鋭く生えた牙、両手に不気味な黒い球体。

 その周りは血の海と化し、無数の鬼の死骸が転がっていた。


 こいつは化け物だ、レベルが違いすぎる。

 肌で感じる異様な魔力に驚愕し、後ずさりしながらこの場を去ろうとしたとき、後ろから物音が聞こえた。

 振り返ると、鬼が巨大な手を伸ばしている。


 完全に油断した。

 迫りくる手に視界を遮られ、死を覚悟する。


 しかし、その手は私に触れることはなく、大きな音と共に目に映ったのは、地面に転がる首のない鬼と、その後ろに立つ全身黒ずくめのあの化け物であった。

 倒れた鬼の血しぶきを浴び、鼓動が高鳴る中、想像を上回る言葉を聞くことになる。


「人の子よ、死にたくなくば、この場から去れ」


 その声に怖気づくことなく、勇気を振り絞り答える。


「私は生存者を探しているのです」

「残念だが、お主の他に生きている者はおらん」


 そう言い残し、忽然と姿を消した。

 言葉を鵜呑みにするわけにはいかず、行動に移す。

 鬼の声がこだまする中、街を慎重に探索するも、誰も発見できなかった。



 失意の底、馬車のある場所へ引き返すと、荷台の上に立つセイジが目に留まる。

 馬車の周辺には、鋭く両断された魔物の死骸が転がっていた。


「ご無事で何よりです」


 声をかけられるが、言葉なく首を横に振る。

 あの少女は、泣きつかれたのか、彼の足元で静かに眠っていた。

 任務を終え、王都に帰還する馬車の中で、考えを巡らせる。


 あんな化け物がこの世に存在するなど、到底考えつかなかった。

 人類滅亡の危機も頭によぎる。

 急いで研究中の魔法を仕上げねばならん。



 冒険者組合に到着すると、急いで組合長に報告する。


「街は鬼の襲撃を受け、壊滅状態。森で一人の少女を発見しましたが、探索を行った結果、他に生存者は確認できませんでした。ただ、鬼も大部分は死滅した模様です」

「シエン殿、話が見えませんが?」

「得体のしれない何者かが鬼を殲滅しておりました」

「それは一体どのようなものなのです?」

「全身黒ずくめの……」


 話している途中で、あの姿を想像し、言葉を詰まらせる。

 軽く息を吐き、気持ちを整え、考えを打ち明けた。


「確実に言えることは、あれには到底太刀打ちできません。それほどの存在でした」


 話を聞いたにもかかわらず、組合長は何も言わずに黙り込み、室内には時計の秒針の音だけが響く。


「信じるかどうかは別として、今話したことは事実です」


 振り返ると歩き出し、退出するため部屋のドアに手をかけた。


「組合長、森で発見した少女の適切な保護をお願いします」


 念を押して、次に依頼へと向かった。



 ある日、王都中心部の行政特区内に学校を建設し、その並びに図書館が併設されると話を耳にする。

 館長は未定と聞き、就任を目論み、志願することにした。


 国の施設なら、様々な情報を集められる可能性が高かったからである。

 組合長の伝手で、それらを取り仕切る領主との面会を実現させた。



 本来なら、領主や貴族たちは王都中心部の中央行政区に居を構えているのだが、なぜかこのお方だけは、教育特区という自身が管理する区域に住んでいた。


 屋敷に出向き、門に停まった馬車の窓から様子を窺うと、とても領主が住んでいるとは思えない小ささであった。

 馬車を降り、門をくぐり、玄関の扉をノックすると、出てきた執事らしき人物に尋ねる。


「ここはシドウ様のお屋敷でよろしいですか?」

「はい、左様でございますが、何かご用件が?」

「本日、面会の約束をしているシエンと申します」

「お伺いしております。どうぞ、こちらへ」


 中へ案内されると、階段の陰から、こちらを見つめる視線に気づく。

 吸い込まれそうな瞳に、艶のある銀髪。


 窓から差し込む光を、微かに浴びて、神秘的な様相を醸し出している。

 天使がいるとすれば、あのような姿ではないかと思わず想像し、見とれてしまう。


「こちらでございます」


 その声を聞き、我に返ると少女に微笑みかけ、部屋へと向かう。


「シドウ様、お客様がお見えになりました」

「入りなさい」


 ドアを開けると、中に案内され、席に着くように促された。


「シエンとやら、王立図書館の館長に就任したいと聞いておるが、何か理由でも?」


 その問いに、これまでの事情を説明した。

 空に出現した魔法陣や、全身黒ずくめの化け物のこと、そして私が描く人類の未来。


「ならば、王立学園の学長を兼任するのであれば、承認しよう。どうかね」


 唐突に降って沸いた提案だが、館長に就任できるのであれば、断る選択肢はない。


「了承しましたシドウ様。謹んでお受けいたします」

「では、これからよろしく頼む」


 礼をして、屋敷を後にした。

 この後、重大な決断をするため、冒険者組合に出向く。



最終話、変わらぬ苦悩と希望の灯り


 到着した私はすぐに組合長室へ向かう。


「おかげさまで、王立学園の学長と王立図書館の館長に就任することになりました」

「それはおめでとうございます」

「実はそちらに専念するため、冒険者登録を取り消そうと思っております」

「それは断じて認めません」


 予想はしていたが、ここで引き下がるわけにはいかない。

 この世から魔物の驚異をなくすために、私にはなさねばならぬことがある。


「今後は、埋もれている優秀な人材を育成し、魔物に立ち向かう体制を整えたいのです」

「あなたが引退することで、他の者の依頼が増え、差配に影響が出ます」

「それについて少し提案があります。以前より考えておりましたが、依頼を冒険者の等級に振り分け、各自に選ばせる方法をとればよろしいのではないかと」

「なるほど」

「例えば、大きな板に内容を記載した紙を張り付けておくとか」

「それは名案ですね!これで私の手間も省けます」


 この言葉が、少しひっかかる。


「問題は解決したようですので、認めていただけますか?」

「それとこれとは話が別です」

「仕方ありません。日を改めて伺います」

「お待ちなさい」


 帰ろうとする私を引き留め、机の引き出しを開け、箱を取り出す。


「就任祝いです。受け取りなさい」

「ありがとうございます」


 建物を後にして、屋敷に戻る馬車に乗り込むと、軽く微笑む。

 うまく組合長を出し抜いた……はず。

 あのやり方なら直接依頼は来なくなり、所属していても引退した状況をを作り出せる。


 満足しながら受け取った箱を思い出し、開けてみると、そこには透明な鉱物で作られた時折虹色に輝く[特級冒険者シエン]と刻まれた冒険者証が入っていた。

 しばらくそれを眺め、思いをめぐらす。


「まあ、少しくらいは顔を出すか……」



 数年後、完成した学校は、さぞかし高度な教育を行うかと思いきや、王立とは名ばかりで貴族の子弟が交流するだけのつまらない場所であった。

 しかし、思いもよらず学長という、学園を差配する地位に立つことになった。


 新たに講師を招き、身分に関係なく能力のある者を取り入れ、育成しようと動き始める。

 皮肉にも多忙な依頼のおかげで、資金に困ることはなく、様々な場所に出向いた甲斐もあり、使えそうな人材の当てもあった。



 改革に取り組みながら研究を続ける日々が続く。


「儂も歳じゃ。そろそろ若い者に道を譲らんとな。領主の座に推挙しておいた」


 呼び出された屋敷で、突然の引退宣言を受けた。


「シドウ様、それは困ります」


 これ以上やる事が増えると、研究に遅れが生じかねない。

 慰留を促し、領主代行という地位の新設を提案し、そこに落ち着くことになった。

 今までより忙しくはなるが、領主よりはマシであろう。



「学長、お茶をお持ちいたしました」


 今年度の入学試験が行われている真っ最中。

 王立図書館二階の窓から、グラウンドの様子を眺めていると、メイドが飲み物を運んできた。


 眼下に黒いスーツに身を包んだ見覚えのある女性が歩いてくるのが見え、声をかける。


「ジュジュさん、ご苦労さまです」


 こちらを見上げて、彼女は軽く礼をしたのは、今年の試験の監督官をお願いした、魔術科を指導している講師のジュジュ。

 実は、森で救助した、あの少女であった。


 組合長に引き取られた後、成長した彼女は、王国軍学校に入学し、のちに首席で卒業する。

 軍に所属後、数々の功績を挙げ、瞬く間に王国魔導団長にまで上り詰めた。


 才能ある若き団長の話を耳にした私は、学園の指南役に就任させようと考え、軍に赴き、その姿を目にし仰天した。

 組合長と瓜二つで、口調も同じだったため、嫌な思い出が蘇ったものである。


 彼女が付き添っていた、つばの広い帽子をかぶった白いワンピース姿の少女と目が合う。

 微笑むと軽く会釈を返されたが、ふと気になり確認のため受付から提出された受験票に目を通し、ある名前を発見して思わず声を上げる。


「あのおてんば娘か!」


 今度、娘が入学するからよろしく頼む、と聞いた覚えがあった。

 試験を眺めながら、お茶を口に運び、魔法で的の中心を貫く少女を見て考える。

 あの才能を埋もれさせるには、ちと惜しい。


 シドウ様のことを考えると、大人しくしてもらった方が良いことは理解しているが、こういう子をより成長させるために改革を行っている。


「軽く釘を刺しておくか……」


 私の苦悩の日々は続くのであった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

二作目ですが、良くも悪くも分かりませんので、コメントを頂けるとありがたいです。

つまらん、読みにくい、駄作でも構いません(笑)。

多い星より、コメ1つの精神です。

今作はカクヨムでも掲載しています。

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