第97話 自由意志
久しぶりにネッセタールに来た。目的は鍛冶ギルドのギルド長フーゴーさんに会うためだ。フーゴーさんは実は錬金術師だったりする。私の同行者は、ネッセタール出身のフローラ、化学出身のケネス、金属関係に詳しいネリス、その付添マルス、私の付き添いはステファンである。ステファンはお忍びという体で、文官の格好をしてもらった。
ヘレンとフィリップは悪いけど王都で留守番である。正確には連絡係である。
ネッセタールでの宿は、前と同じネッセタールで一番の宿である。前回はヴェローニカ様付きのメイドとしてであったが、今回は堂々の聖女としての宿泊だ。到着前に先触れを出しておいたら、支配人以下ズラッと整列して私の到着を待っていた。
妙に楽しそうなのがステファンだった。なんかニヤニヤしている。フィリップならわかるが、いつも凛々しいステファンが珍しい。
「ねぇステファン、どうしたの。なんかずっとニヤついてるよ」
「あ、ああ、なんかお忍びっぽくて、楽しくてね」
「そっか」
馬車からまず私が降りる。一同が頭を下げるのに、にこやかに応える。うしろでマルスがステファンに、
「先輩、まちがっても名前で呼んじゃダメですよ。『聖女様』って呼ばないと」
と注意しているのが聞こえる。
「そ、そうだね」
それに対するステファンの返答が、やっぱりまだ楽しい声色に聞こえる。
まあ、いいか。
支配人自らの案内で、部屋に通される。フローラとネリスは私の護衛なので荷物がなく、私の事務関係の荷物はステファンが持っている。文字通りカバン持ちで、一国の王子が嬉々としてカバン持ちをしているのが笑える。
部屋に全員入ったところで打ち合わせを始める。そこで開口一番、私は言った。
「フローラ、実家行ってきてよ」
「え、仕事終わってからでいいよ」
「あのさ、なんかあったら会えずに王都へ帰ることになるよ」
「やめて、そんなこと聖女様が言うと、本当になりそう」
「ははは、それよりさ、ケネスのこともあんだからさ、ちゃんと話しできるときにしといたほうがいいんじゃない」
それを聞いたケネスが発言する。
「聖女様やめてよ、なんか俺、緊張してきた」
ステファンが口を挟む。
「遠慮せず、行ってきたほうがいいんじゃないか? とりあえずは予定通りに動くからさ」
フローラもケネスも、ステファンがそこまで言うのなら、ということで出かけていった。
「聖女様もおせっかいっすね」
「そうじゃそうじゃ」
マルスとフローラがそろって言う。
「あのさ、私の立場になれば、あんたたちだってそうするって」
「そりゃそうじゃな」
その後連絡が来て、フローラとケネスはそれぞれの実家に一泊してくるとのこと。親孝行できていいことだと思う。ただその弊害で、今夜はネリスと一緒に入浴とか就寝となるとくすぐり攻撃を覚悟せねばならない。いつもならいいところで止めてくれるフローラは実家に行っているし、ネリスに対抗できるヘレンは王都にいるので、大変なことになる気がしてならない。
翌朝少しつかれた顔で朝食に出ると、ステファンに「よく眠れなかった?」と心配された。ネリスを睨んでおく。お風呂でふざけたり、ベッドでくすぐり合ったりとはとても言えない。
「ネリスとお楽しみだね」
バレてた。
やがてフローラとケネスが実家から戻ってきたので、フーゴーさんとの面会に出発した。
前回は身分を秘匿しての訪問だったから徒歩だった。今回は聖女として来ているので馬車である。なるべく窓から顔を出し、手を降る人々に手を振り返す。ステファンは文官あつかいなので顔を伏せたままだ。フローラとネリスは騎乗し、外で護衛についている。同性の私から見ても二人の少女騎士はかっこいい。沿道から聞こえる声も、かなりの割合がこの二人に飛んでいるに違いない。というのもネリスの横顔が少し赤らんでいるからだ。
「ネリス先輩、大丈夫っすかねぇ」
マルスが心配している。
「大丈夫よ、あんたの彼女、かっこよくて良かったね」
「ありがとうございます」
するとステファンは、
「僕もアンの騎士姿みたいなぁ」
と言う。
「見たこと無かったっけ?」
「うん、実はないんだよ」
「そっか、そのうち」
「おお」
最後の喜びの声はマルスである。彼女の晴れ姿を前にしてこの発言、何かのときの脅迫に使えると思う。懸命なケネスは何も言わなかった。たぶんフローラをずっと見ている。
一応私は聞いておく。
「ケネスさ、フローラのこと、実家に話したの?」
「うん、まあ」
「どうした、煮えきらないな」
とは、ステファンである。
「うん、親はさ、反対ではないんだよ。だけど家柄がね」
「そっか」
フローラはネッセタール一番の紹介の娘、ケネスは職人の息子である。いい話だと思うのだが。
「フローラはなんつってるの?」
「あっちも似たようなもんみたいだよ。反対ではないらしいんだけどね」
なんか公私混同して、圧力かけたくなってきた。
突然マルスが発言した。
「聖女様、圧力とかかけちゃ、だめですよ」
有能な私の後輩は、私の考えを正確に読んできやがった。ステファンもケネスも笑い出した。
ひとしきり笑った後で、ケネスがぽつんと言った。
「ぶっちゃけ俺があの家の婿にはなれないしね」
その意味を私は考えた。私は問答無用で、かつての世界の仲間達を自分の活動に巻き込んできた。それでよかったのだろうか。
「ステファン、頼む」
ケネスがステファンに言った。ステファンは私の方を向いて、
「アン、そのあたりのことは悩む必要はないよ。はっきり言っておこう。僕達は自由だ。僕達は平等だ。それぞれの意思で、アンといっしょに活動している。それだけが僕達の未来につながっていると確信しているからだよ」
「わかった、ステファン。ありがとう。ケネス、変に気を回して、ごめんね」
ケネスはニヤッと笑った。
馬車の中からも鉄の匂いがわかるようになり、ネッセタールの鍛冶ギルドに到着した。