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第96話 錬金術師

 結局女子大の募集人員は、理学部・神学部・法学部それぞれ20名とした。基礎学力の不足で合格ラインに到達できていない受験生は、予科というコースを作ることにした。1年間予科で勉強し、翌年の入試に備えてもらう。


 女子大の準備、聖女庁の準備にどんどん日が過ぎていく。大事な仕事として、少しずつでも墓参にも行く。お祭りがあれば行けるところには行くようにしている。女学校の算術の授業をおろそかにすると女子大の新入生の学力に響くので、週に一日は授業に専念することにしていた。私がそのように飛び回らなければいけないので、事務仕事はかなりステファンを筆頭に男子に押し付けていた。


 これには実はメリットも有る。男子と女子で顔をあわせて打ち合わせしないと危ないので、毎日1回は8人全員揃って情報交換することにしていた。その際私はかならずステファンの隣に座るし、他の人も自由に座ってもらっている。


 今日の打ち合わせで、私は錬金術師の話を蒸し返した。フローラは「またか」という顔をしている。一応ちゃんと説明する。

「やっぱり私は、錬金術師に頼るべき時期が来ていると思う。長い目で見て、電磁気学の研究を始めるのはあまり先延ばしにできないと思う」

 それにたいしてケネスが反応した。

「具体的に聖女様、何が欲しいの?」

 さすが化学出身、餌に食いついてきた。

「第一に電池をつくるため、なるべく多くの種類の金属ね。そして導線としてできれば銅かアルミがほしい」

「銅とかアルミとか、電気がないと作れないんじゃない?」

「うん、だから錬金術。魔法があるこの世界だもん、なにか抜け道があるかもしれない」

「聖女様が魔法頼みとはね」

「正直私としては、あせってる」


 それから私は、電磁気関係の研究を急ぐ理由を話した。


 きっかけは気象観測だ。ネリーのアイデアで全国の観測網はすぐにできるだろう。だが現状ではリアルタイムに中央で各地のデータが見れない。だから天気予報ができない。天気予報は農業・漁業ともに有益だし、国防上も重要であることは先の戦争で痛感した。

 最初は伝書鳩魔法の活用を考えていたが、伝書鳩を使える人員は希少であり、とても私達の必要とする人数には遠く及ばない。であれば、電信または電話しか無い。狼煙方式も無いわけではないが、悪天時の通信能力におおきく問題がある。

 もちろんわかっている。私達が生きている間に電信ができるようになるとは限らない。しかし研究が遅れればその分、開発も遅れる。だから今手に入れられる材料で、不正確でも研究を始めるべきだと思うのだ。

 そもそも電流の単位になっているアンペールだって、電流計がないから、導線の周りの磁界の変化を方位磁針で観測していたのだ。そのレベルのことなら、私達なら本気を出せば1年以内にできるだろう。やらない手はないし、女子大の学生にも手伝わせれるのは学問的にも教育的にも有意義であるにちがいない。


 ひとしきり熱弁を振るっていたら、みんなの視線は私でなく、ステファンに集まった。

 その理由はわかっている。

 ステファンは私のパートナーだからといって、私情に流されるような人間ではない。私情に流されっぱなしの私にブレーキを掛けたり舵を取ったりできるのは、ステファンだけなのだ。

「うん、みんな、これはアンの意見が正しいと思う。ケネス、信頼できる錬金術師をさがしてくれないか」

「わかった」


 実はみんながステファンに決断を仰いだのにはもう一つ理由がある。この世界では錬金術は禁止されていた。この世界の各国はすべて金本位制である。金本位制とは、貨幣価値を金の価値で裏付ける制度である。非合法である錬金術を行っている者と聖女が面会するのはまずい。国王陛下の許可、少なくとも黙認がないと私が犯罪者になってしまう。

 だからこの打ち合わせの翌日、ステファンは状況説明のため陛下と面会した。私も同行を希望したが、「まだやめといたほうがいいと思う」とステファンが言うのでやめといた。


 数日して、ケネスが報告した。

「聖女様、例の人物、見つけた」

 私としては、ステファンの了解なしに錬金術師に合うわけには行かない。ステファンの方を見ると、ステファンは頷いてくれた。

「私、なるべく早く、その人と会いたい。セッティングしてくれないかな」

「わかった」

「で、どんな人物なの」

「うん、真面目な人だよ」

「表向きの身分は?」

「うん、それがね……」

 ケネスが口ごもった。

「どしたの? まさか知ってる人?」

「うん、ネッセタールのフーゴーさん」

「フーゴーさんって、鍛冶ギルドの?」

「そう」


 1年半前ヴァルトラントからの侵攻の可能性を感じた私達は、ヴェローニカ様の剣を発注するという名目でネッセタールの鍛冶ギルドを訪ねた。その鍛冶ギルドのギルド長がフーゴーさんだった。


「アン」

 ステファンが話しかけてきた。

「これはわかっておいてもらわないのといけないんだけど、王室は錬金術師の存在を認識している。黙認しているのではなく、コントロールしようとしているんだ」

「どういうこと?」

「もともとは、王室自体がお金儲けしようとし、それを独占しようとした部分はあったと思う。しかし現在は、経済情勢の安定のために管理下で研究を行っているらしいんだ」

「らしい?」

「うん、今回アンが錬金術師に会いたいと言い出したことで、陛下に聞いてみたところで、僕自身はじめてその辺の事情を知ったんだ」

「そうか、機密事項なんだね」

「そうなんだよ。だからくれぐれも慎重に動いてほしいと陛下は仰ってたよ」

「うーん」

「どうしたの?」

「慎重に、か」

「うん」

「自信ない」

「ははは」

「笑い事じゃないよ」

「ごめん、それでなんだけどね、陛下の指示なんだけど、聖女が錬金術師に会うときはかならず王室の人間が同席せよってことだよ」

「え、それって」

「そう、僕が行くから、大丈夫だよ」

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