第93話 ルドルフとヴェローニカ様
春が来ても離宮のあるヴァイスヴァルトは避暑地でもあり、夜になれば一気に冷え込む。食堂の暖炉がありがたい。夕食はミハエル殿下、ヴェローニカ様、ステファン、それに私の4人とった。お互いの近況を伝え合う。
「聖女様、私は女性騎士団の能力をみくびっておりました」
ミハエル殿下は、そう私に言った。
「先の戦争で、第三騎士団の能力は遺憾なく証明されたかと思うのですが」
「ああ、表現がよくなかったようです。能力と言うより、体力ですね」
「そうですか、まあ日々、鍛錬を怠らないようにしておりますから」
私も暇があればランニングをしている。いやさせられている。
「そうでしょうね、私はヴェローニカの体力に圧倒されていますよ」
なんか体力が必要な作業が離宮生活にあっただろうか。
ヴェローニカ様がお顔を赤くされている。
それで私は漸く、ミハエル殿下がちょっとあけすけなお話をしていることがわかった。
わたしも赤面する。
食後のお茶を飲んでいたら、ネリスに呼ばれた。
「ちょっと失礼します」
ミハエル殿下に断ってネリスの話を聞く。
「聖女様ひどいではないか。せっかくのおみやげ、渡してないではないか」
それは忘れていたわけではない。
「ネリスが渡しなよ」
「そ、そうか?」
ネリスは走ってお土産を取りに戻り、すぐにもどってきた。
「ミハエル殿下、ヴェローニカ様、ネリスがお土産をお渡ししたいそうです」
大きな包をもったまま、ネリスはなんとか挨拶をした。そして包をテーブルにのせ、開くとヴェローニカ様が声を挙げた。
「おお、これが話に聞くぬいぐるみか、ネリス、ありがとう」
いきなり一番大きなルドルフのぬいぐるみを抱き上げた。ミハエル殿下も手にとって感心している。
「これは売れるでしょうね。よく作られましたね」
「値段の設定が難しいところです」
「うーん、それならば生地のちがいなどで貴族向け、庶民向けに作り分けられたらどうでしょうか」
ミハエル殿下はすばらしいアイデアをおっしゃった。
「ルドルフかー、会いたいなぁ」
ヴェローニカ様が仰るので、
「呼びますか」
「いいのですか」
するとステファンが止めた。
「いまはお辞めください。ルドルフはすぐ来ます。しかし外は寒いですから」
危ないところだった。妊婦を寒気にさらすところだった。
妊婦であることを思い出したので、私はヴェローニカ様に聞いてみた。
「お腹、触ってみていいですか」
「かまいませんが、まだ、わかりませんよ」
純粋に新しい命に近づいてみたかった。ネリスも呼ぶ。
ふたりで、ヴェローニカ様のお腹に触れさせてもらう。
確かに、もう一つの命を感じる。
「聖女様、どうじゃ?」
「うん、母子ともに健康だと思う」
「ネリス、明日のアサイチで、早馬で陛下に報告する手配、お願いできるかな」
「うむ、承知した」
そう言ってネリスは退室した。
その夜ヴェローニカ様はぬいぐるみを手放さなかった。ネリスにあとで教えてやろう。
夜更けににフィリップから伝書鳩が魔法で飛んできた。母子ともに健康であることを告げ、返す。明日の早馬は少し送らせて、もう少し詳しい報告にしようと思う。
避暑の間使っていた寝室はミハエル殿下とヴェローニカ様がお使いになっており、私達は客室に通された。ステファンとマルス、ネリスと私で2部屋である。夜這いの衝動をおさえつつベッドに入ると、ネリスが入ってきてくすぐり攻撃を始めた。おかげで夜這いに行く体力が残らず熟睡できた。
朝目が覚めるとネリスと目があった。
「聖女様、仕事が本当に大変なのじゃな」
「うん、だけどなぜ?」
「前はもうちょっとくすぐりの耐性があったと思うのじゃが」
「そっか」
私はネリスが心配してくれていたことを悟り、ネリスを抱きしめた。
朝食を食べていると、ヴェローニカ様がチラッ、チラッと視線を送ってくる。
珍しいことである。
ヴェローニカ様は何か要求・命令・指示などがある場合、ズバっと言ってくる。アイコンタクトで何かを示唆するようなことなど、された経験がない。何かやり忘れてたかなぁと思っていると、横に座るステファンから脇腹をつっつかれた。
「?」
「ルドルフ」
小声で言われた。ああなるほど。
「ヴェローニカ様、今日のご予定は?」
と聞いていみると、
「ありません。乗馬も禁止されましたので。天気もいいのですが」
との答え。
「では食事後、ちょっとお付き合いいただけませんでしょうか。ルドルフにもお子を紹介しないと」
パアっとお顔を明るくされたので、ステファンは正しかった。
見晴らしのよい屋上でもよかったのだが、ルドルフの体重が心配だったので中庭にした。
天文観測のためステファンが築いた場所は除雪されていたのでちょうどよかろう。昨晩は晴天だったので観測は行われており、観測器具がならんでいる。ルドルフの羽ばたきで飛んでしまわないかちょっと心配になった。
空に向かって祈る。
「ルドルフ、ヴェローニカ様にお子さんができたよ。まだお腹の中だけど、会ってみたくない?」
目を開けると、椅子が用意されていたので座らせてもらう。隣にはヴェローニカ様が腰掛け、ミハエル殿下は冬の間の観測の様子をステファンに語っていた。
ほどなくしてルドルフがやってきた。太陽を背に飛んできた。ぐんぐんと大きくなり、そしてふわりと中庭に着地した。
私は立ってルドルフの近くに行く。ルドルフは頭をさげ、私はなでる。風を切ってきたからか、肌が冷たい。
「寒かった? 来てくれてありがと」
「ウォーン、ウォーン」
「ルドルフ、ヴェローニカ様のお相手、ミハエル殿下よ」
「ルドルフ、近くで見るのは初めてだな、ヴェローニカともども、よろしくね」
「ウォーン」
ヴェローニカ様が近寄ると、ルドルフは頭をヴェローニカ様のお腹に近づけた。
鼻先をこすりつけるようにしている。
そして天を仰いで。
「ウォーン、ウォーン、ウォーン!」
と大きく叫んだ。
驚いた顔をしているご夫妻には、
「お祝いしてくれているんです」
と伝える。
そしてルドルフは、私の顔とステファンの顔を交互に眺め、突然飛び立った。
次は私達だ、と言われた気がした。