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第92話 春の離宮へ

 春が来た。離宮から王宮を経由して、ヴェローニカ様ご懐妊の知らせも来た。その知らせを私は団長室で受けたのだが、すぐに騎士団内に広めるよう指示した。私は団長室のドアを原則として常時開放しているのだが、騎士団のあちこちで歓声が上がるのが伝わってきた。

 つづいて国王陛下より簡単なお手紙があり、ステファンと一緒に離宮へ行ってヴェローニカ様の様子をみてきてほしいとあった。すぐ出発すべきであるので、レギーナに相談する。

「同行者をどうしましょうか」

「うーん、あんまり大人数で行ってもね。ステファンとネリス、マルス、あと親衛隊が護衛してくれればいいんじゃない?」

「はあ、わかりました……」

「めずらしく歯切れが悪いわね」

「親衛隊はいいんですが、同行したがる者がたくさん出そうで……」

「それもそうか」

「ですから聖女団長から明確に親衛隊だけ、と指示したほうが良いかと思います」

「わかりました。急いで出発するから最小人数で、とでもしておけばいいでしょう」

「承知しました。早速その方向で準備します」

 レギーナが足音高く退室すると、副官のソニアが寄ってきた。

「団長、ご懐妊ということで警備員を増員、と言う形で交代で団員を行かせてやっていただけないでしょうか」

「いいアイデアだわ。武官長様に相談しましょう。ソニアが文面を作ってくれるかしら。サインはするから」

「はい」


 短い会話で、レギーナとソニアで私の呼称が異なることに気づいた。聖女団長と、団長である。最近だんだん聖女団長と呼ぶ人が増えて来ている気がする。これが聖女としての仕事をしているときだと聖女様と呼ばれ、ネリーは奥様と呼んでくれる。なんとなくメイドたちも、私を奥様と呼び出した。

 このように私の呼称は混乱しているが、意外とわかるので誰も問題にしていない。


 急いで行きたいので騎乗を希望したら、ネリスに却下された。

「騎乗だと確かに早いが、服もよごれ手も冷える。それではかえってヴェローニカ様にお会いするのに手間がかかるのではないか? 馬車にせい」

 

 大急ぎで準備してステファンと馬車に乗ったら、遅れてネリスが大荷物をもってきた。私達は騎士団だから、日頃から緊急の出動の訓練はしている。訓練の成果ですぐに出発の準備はできたのに、ネリスが遅れてきた。

 そのネリスが言う。

「ワシとマルスは馬で行く。そのかわり、これを積んで行ってくれ」

「なにこれ」

「ルドルフじゃ」

 ちょっと包を開いてみると、量産が始まったルドルフのぬいぐるみが大小いくつか入っていた。

「まだまだ生まれないよ。気が早いんじゃない」

「いいんじゃ」

 ネリスはそう言って行ってしまった。

「奥様、下手な贈り物よりも喜ばれるのではないですか?」

 ネリーがにこやかに言う。

「そうですね」

 私達四人のなかで一番騎士らしいネリスが、大慌てでぬいぐるみを準備したらしい。自然と私も笑みが漏れる。


 馬車が出発すると、ステファンがその包を開けてぬいぐるみを一つ、私に渡した。すばらしい肌触りである。なでているとステファンはもう一つ出し、ネリーに渡す。私とネリーは離宮に着くまであたたかいぬいぐるみを抱いていた。


 春の陽光は白い世界を照らし、輝かしている。ところどころに見える地面の黒い部分が、着実な春の訪れを告げている。


 日が暮れる頃離宮に到着できた。ネリスの判断は正解であり、馬車は泥だらけになっていた。


 春の札幌を思い出した。

 春の札幌で天気のいい日は、車の色が茶色のみになる。雪解けに寄る泥水のせいだ。私はなるべく車はきれいにしておきたい方だが洗車のムダを悟り、雪がなくなるまで車は汚いままに放置していた。


 馬車をすすめてくれたネリスに感謝しつつ久しぶりの離宮に入ると、ヴェローニカ様が小走りに迎えに出てきた。

「ご無沙汰しています、と言いたいところですが、出てきていいのですか?」

「何をおっしゃいますか、このヴェローニカ、妊娠ぐらいで大人しくなんかできません」

「あの、ノルトラントの大事な子どもなんですが」

「いざというときはアン様、アン様もお産みください」

「は、はあ」


 私は王命により聖なる力で母子の状態を確かめなければならないのだが、なんかやる気がなくなった。

 振り返るとネリーは笑いをこらえており、ステファンは赤い顔をしている。

 いずれにせよ、本人には不調の自覚はないらしい。


 ミハエル殿下もやってきた。

「聖女様、お忙しいのにお越しいただきありがとうございます」

「殿下、おめでとうございます」

「兄上、おめでとうございます」

「ありがとうございます、次は聖女様ですね」

「殿下もそうおっしゃるんですか、私はいいんですが、仕事がまだありまして」

「アン、兄上の冗談だよ」

「はあそうですか、それよりヴェローニカ様は、ご懐妊後もあんな感じですか」

「そうなんです、聖女様。せめて乗馬はやめるよう、命じていただけないでしょうか」

「ヴェローニカ様、乗馬など激しい運動は当分禁止です。聖女として命じます」

 ヴェローニカ様は口をとがらせて横をむいた。

 

 私はなにゆえ離宮に呼ばれたか、完全に理解した。

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