第91話 建設予定地
陛下はステファンを伴って退室された。陛下はこの部屋をこのまま打ち合わせに使うようおゆるしになり、私はみんなに平謝りに謝っていた。
ひとしきり謝ったあと、私はネリスに聞いた。
「さっきの話、国立の件、最初っから私に話してくれてもよかったんじゃないの?」
「だめじゃ」
「なぜ」
「あのな、聖女様。聖女様の仕事は多い。難しい決断も多い。だからある程度はワシらに任せて欲しい。聖女様にはワシら以外にも優秀なスタッフがたくさんおる。今回の件は聖女様に最初から話すと、たとえ最終的に同じ結論に達したとしても、まちがいなく時間が沢山かかったじゃろう。聖女様もそろそろ、他人の脳みそを使うことをおぼえんとな。物理とおんなじじゃ」
現代の学問は細分化している。たとえば春の学会での私の発表もそうだった。のぞみがサンプルを作り修二くんが測定し、私が理論的考察をした。のぞみのサンプル作りの細かいノウハウや工夫は、修二くんと私にはわからない。修二くんの測定についても、のぞみにも私にもわからない部分がある。細かい理論計算についても同様だ。分業は信頼から始まる。なにもかも自分でやろうとすることは、人を信頼していないことにもつながる。
人を信頼できないものが、聖女などやっていいはずがない。
ジャンヌ様がすっと私のところまで歩いてきて、腰をかがめて話しかけてきた。
「アン様、どんなお仕事でも、自分はむいていないんじゃないか、ダメなんじゃないかと、心が折れることはあります。でもそれが、本当にその仕事のプロとなる、第一歩なのではないですか」
「はい、がんばります」
気を取り直して打ち合わせをはじめる。
まずは聖女庁だ。マリアンヌ様が用意した書類には、組織としては従来の聖女室に加え、女子教育部門、天文気象部門をおくことになっている。天文台はヴァイスヴァルトと第三騎士団騎士団付近に新設する。気象観測は全国の教会に依頼し、聖女庁にまとめることになっている。集められた天文・気象データは女子大と共有し、解析する。
「マリアンヌ様、聖女庁の庁舎はどこに建設するのがよいでしょうか」
書類には建設予定地がなかった。
「はい、王都内にはもう土地はあまっておりません。聖女様の利便を考慮すれば、第三騎士団付近がよろしいかと思います」
第三騎士団付近には農耕にも適さぬ荒れ地があり、使い道は演習くらいしか無い。
建物は2・3年で建て、並行して人員の拡充を図るという。
「庁舎の完成までは、第三騎士団に間借りさせていただくよりほかないと思います」
次に女子大だ。ネリスの当初の考え通り、神学部、法学部、理学部は設置する。悩むのは医学部だ。女医の養成はすぐには無理だろうが、看護師については需要があるに決まっている。看護師は実習が欠かせないから、中央病院の近くに校舎を置きたいところだがそんな空き地は全く無い。
「聖女庁を第三騎士団近くに置くなら、女子大も隣接させるのが、いいんじゃない?」
ヘレンの意見に、フローラも同意のようだ。
「まあ第三騎士団のちかくなら、土地確保も問題ないんじゃない?」
私としても第三騎士団の近くならば、学生寮を作っても警備には問題なかろうとは思う。
「看護学生、どうする?」
とみんなに聞いてみた。ネリスは、
「現段階、看護師の養成は中央病院でやっているのだから、それはそのままやってもらえばよいのではないか? こっちにやってほしければ、中央病院から言ってくるじゃろう」
と言う。ヘレンがそれに同調する。
「確かに迂闊にこっちでやるとか言い出したら、向こうがヤな顔するかもしれないしね」
私は決断した。
「じゃあ、その方向で行こう。聖女庁・女子大ともに第三騎士団に隣接させよう。でさ、あのあたり、国有地だよね。使用許可、どうしよう」
「うむ、それじゃが、陛下に直訴はだめじゃぞ」
「わかってるよ。だから最初にどこに話を持ってけばいいかって話」
「それは私が女官長様にお話しましょうか」
そう言ってくれたのはネリーだ。
「私は宮廷からこちらへ出向の形になってますから、話もしやすいと思います」
「じゃあ、お願いします」
やがて使いが来て、私達はぞろぞろと王宮内を移動させられた。昼食の場所へ行くのだろう。そう考えた瞬間、私のお腹が派手に音を立てる。後ろから「フ、フン」という声がする。この感じはヘレンに違いない。さっと振り返って睨んでおく。
ドアを開けたら目の前に白い光が溢れていた。
目が慣れてきたらそれは大きく窓がとられた部屋で、ベランダに積もった雪が陽光を反射していた。光と暖かさがあふれるその部屋には、食器が並べられていた。
女官の案内で着席する。ネリーはジャンヌ様の横に座らされ、きまりが悪そうにしていて笑えた。
ほんの少しして陛下ご夫妻にステファンが入室してきた。皆立ち上がろうとするのを陛下がにこやかに手で抑える。着席順は陛下、王妃殿下、ステファン、私とが並んでいて、それは王室の人間が座る側だった。
光があふれるすてきなお部屋での食事は、全く味がわからなかった。
食事の後、私達一行は女学校に顔を出した。昼食前の打ち合わせ内容をアレクサンドラ校長と共有したかったのだ。
「聖女様、陛下とのお食事はいかがでした?」
なぜ知っているとは思ったが、口には出さず、
「ええ、すばらしいものでしたわ」
と答えておく。するとフローラは、
「先生、あれは絶対、味わかってなかったと思います」
などという。味はわからなかったが、すばらしいものだったのは事実だ。
「そうなの?」
「聖女様はですね、ステファン殿下といっしょに王室がわに着席してですね、あれは舞い上がってましたね」
よく見てんなこいつ。
「それはそれはおめでとうございます、聖女様。あちら側に座るのは、ノルトラント全女性のあこがれですものね」
それは考えたことがなかった。
「ああ先生、聖女様はただ単に殿下のご家族扱いされたのが嬉しかっただけですよ」
ヘレンが説明する。それにしてもコイツらよく人の気持を読んでいるな。
「そうですわね、昔からアン様はお気持ちが顔に書いてありましたからね」
校長先生は私を褒めているのだろうか、けなしているのだろうか、それとも慰めているのだろうか。