第90話 裏切り
雪が晴れた日、私は国王陛下に呼び出されていた。
「聖女アン、聖女の務めに加え第三騎士団の指揮で多忙を極める中、呼び出してすまない」
「とんでもありません、陛下。お呼びとあらばいつでも参ります」
聖女としてはここまでへりくだってはいけないのだが、騎士団長としては当然の答えである。
「うむ、で、仕事の進み具合はどうか」
「は、最初はどうこなせば良いか見当もつきませんでしたが、なんとかなる兆しが見えてまいりました」
「うそはいかんぞ」
「は、う、うそは言っておりません」
「そうか、それであと何日くらいで決着がつくのかね」
「う」
「ははは」
「よくご存知ですね、陛下」
「うむ、当然だ」
「申し訳ございません」
「いや、今日の話は第三騎士団長を叱責するためではない。安心せよ」
「はい」
「従来の聖女はおもに神事をおこなってきたので、聖女を支援する組織は聖女室で充分であった」
これは私が教育やら騎士団やら、いろいろと出しゃばりすぎているということか。
「しかし当代の聖女は旧来の慣習にとらわれず、多方面で活躍している」
嫌味か?
「嫌味ではないぞ、感謝しているのだ」
まずい、顔面が思考のディスプレーと化している。
「もはや従来の組織では、聖女の活動を支援しきれないのは明確だ」
しかし私はなすべきことを諦める気はない。
「そこでだ、まず、聖女室を聖女庁に格上げする。初代長官はジャンヌが内定している」
仲間たちが私に隠れてなにかやっていたのは、これだったのか。
「ありがとうございます、陛下。しかし聖女室が庁に格上げとなると、人員も増えるでしょう。今の建物では入り切らないのではないでしょうか」
「もちろんだ。新庁舎も建設する。しかし今日の話はそれだけではない。これからの話、聖女には不満な話になるかもしれない」
「はい」
「聖女が腐心している、女子大の件だ」
「はい」
「資金集めはすすんでいるか」
どうせ情報は漏れているから、正直なことを申し上げよう。
「残念ながら、順調とは言えません」
「それでだ、女子大を国立にできないかと、ステファンを始め、聖女の仲間たちが申しておる」
裏切られた。
私は女子大の経営を、株式会社のようなもので考えていた。王立とすると、王室の支配下に入ってしまう。できれば女子大は政治的には中立でいたいのだ。だから苦労して苦労して、お金をかき集めているのだ。女子大グッズなど、大株主にくらべればたいした金額にはならない。しかし民衆が女子大グッズを買い、それが女子大経営の支援になる。すくなくとも精神的支援になる。
仲間たちはそれをわかってくれていると思っていた。
その仲間たちが、女子大を王家に売り渡すというのか?
ステファンまでも?
「ネリス、やはり聖女アンは受け入れてくれないようだ。私やステファン王子は王室の人間であるから、そなたが事情を説明してもらえないか」
「ハ、承りました」
「聖女様、裏切られたと思っとるんじゃろ」
その通りだ。
「だがな、陛下が『国立』と仰ったのがわからんかったか?」
国立?
「『王立』でなく、『国立』じゃ」
どういうことだ?
「我らはな、もう聖女様が限界まで働いておるのをみておられんのじゃ。そして働けば働くほど学問は遅れ、女子大の設立も遠くなる。それをステファン殿下を通して陛下に相談しておったのじゃ」
それにしたって……
「それでな、陛下は仰るのじゃ。女子大を『王立』でなく『国立』にしようと。『王立』だと王室が大学を援助することになるが、『国立』はちがう。国中みんなで女子大を応援したらどうか、と仰るのじゃよ。だって女子大は誰のものでもなく、国民みんなのものじゃろう」
女子大の言い出しっぺはネリスだった。ネリスは「ワシの、ワシによる、ワシのための女子大」と言って女子大構想をぶちあげた。言葉はむちゃくちゃだが、ノルトラントの女子教育をよりよくしたいという理念は言われなくてもわかった。
私は「民主的」という概念に囚われすぎていたのかもしれない。王権からの独立を意識して、民間であることを重視し過ぎて財政的基盤が築けずにいた。株式の発行はまだしていないのだ。このままで行くと、失ってしまう時間が大きすぎる。
「女子大の卒業生は官公庁への就職が多くなるじゃろう。だからそういったところからも出資してもらう。そういう意味での『国立』じゃ。もちろん民間からも出資してもらう。出資方法が株式かどうかはともかくとして、出資額に応じて大学経営に参加してもらえば、民主的といえるじゃろう。それにな、『国立』としておけば開設当初に必要な資金は国庫から出せる。陛下はそれは借り入れということにしておいて、経営が安定してきたところで返せばよいと仰っているんじゃ」
私はどこから泣いていたかわからない。すぐ泣いてしまうのは私の欠点だ。そのうち泣き虫聖女と呼ばれる気がしてきた。涙を拭いて鼻をかんだ。
「聖女アン」
陛下が呼びかけてきた。
「ネリスの話、わかってくれたか」
「はい、もったいないほどありがたいお話であることが理解できました」
「それとな、聖女アン」
「はい、陛下」
「もちろん聖女も女子大に出資するのだろう」
「もちろんです、陛下」
「それは外から見たら、王室からの出資にみえるぞ」
「は?」
「アンは王子の婚約者だからな。女子大ができるころには妃になっとるよ」