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第9話 物理学校

 大学の構想はだいたいできた。それから数日かけて、私たちは企画書をつくった。一人ひとりに書く部分を割り当て、おたがいに見せ合って修正しとやっていたら、どんどん日が経ってしまった。とにかくまず一部完成させた。これからそれを手分けして何部か写しを作る予定だ。


 その最初の一部を見せる相手は決まっていた。ステファンである。


 ステファンに会う日は週に一日だけ、しかも会う前に国王ご夫妻との打ち合わせがある。


「聖女アン、先週話していた女子大についてだが、何か進展はあったかね?」

 陛下はいきなり一番聞かれたくない質問をしてきた。実のところ女子大卒業生の需要からどのような学問をさせるか考え、企画書までつくったのだ。近いうちに企画書を協力してくれそうな要人たちに見せるつもりだが、国王陛下はその筆頭だ。

「はい、卒業生がこの国のどういうところで必要とされるか調べ、どのような学問をさせるか調査、検討しておりました」

「聖女アンのことだ、もうおおよその企画はできているのだろう」

 さすが陛下は鋭い。だが私はまず、ステファン王子の意見を聞きたいのだ。陛下はその後だ。

「まだ陛下にお伝えできるところまで行っておりません。申し訳ありません」

 私は嘘をつくのが下手だと自認しているし、周りからも言われる。だから必死だった。そんなピンチを救ってくれたのは王妃殿下だった。

「陛下、聖女様は第二王子殿下と相談してからとお考えではないかしら」

「あ、お、そうか、それは失礼した」

 王妃殿下にはバレていたらしい。顔から耳まで赤くなるのが自覚される。


 というか、王妃殿下は私を救ってくれたのだろうか? 少なくとも救う気持ちであったと信じたい。


 どっと汗をかいて、国王ご夫妻との面談を終えた。いつになく疲れを覚え、廊下を歩く足取りが重い。

 耳元で声がした。

「聖女様、これから殿下と会うんでしょ。シャキッとしなさい!」

 フローラである。

 おかげでシャキッとするどころか、走り出したくなった。


 いつもの部屋に入ると、ステファンが言ってくれた。

「アン、いつになくご機嫌だね」

 それには答えずとりあえずハグをする。

 満足いくまでハグしておいてから、私は言った。

「見てもらいたいものがあるんだ」

「何、女子大の企画書?」

「お見通しね」

 さすが私のステファンである。


 いつものソファーに座り、ステファンが読むのを待つ。いつものように、ぴったりくっついてだ。

「ははは、読みにくいよ」

「え~いいじゃん」

 くっついていると、密着している部分からステファンの何かが流れ込んでくる気がするのだ。もちろん私からも愛情をながしこむ。

 しばらく黙って呼んでいたステファンは、

「あのさ、学生はフルタイムの学生だけ考えてる?」

と聞いてきた。

「そうだけどなぜ?」

「うーん、聴講生とかも認めたほうがいいと思うんだよね。そうするとすでに仕事してる人も勉強できるでしょ」

「なら、夜間もやるべき?」

「ああ、そういえば物理学校というのもあったね」

「神楽坂の?」

 素敵な名前だが、明治時代、修二くんの大学の物理科の最初の卒業生たちが理学の普及を目的につくった学校だ。夜学としてスタートした記憶がある。今は山手線の内側ど真ん中付近に理系私学の雄として君臨している。私も受験を本気で検討した。

「うん、だけどそれなら共学にすべきか。ノルトラント物理学校ってどう?」

「なんか私、そっちのほうがいい気がしてきた。女子大、いいか」

 するとネリスとマルスが私とステファンの大事な時間に入り込んできた。

「だめじゃだめじゃ、ワシのワシによるワシのための女子大が絶対に必要なのじゃ」

「そうですよ。聖女様、当初の目的を忘れないでください」

 ネリスとマルスの仲の良さを見せつけられた私は言った。

「いいじゃん、私は王子殿下と物理学校、ネリスとマルスはノルトラント農学校でもやりなよ」

 そんな感じで適当なことを言っていたらフローラに怒られた。

「聖女様、いい加減にしなよ。まじめにやろうよ」

「はーい」


 ステファンといっしょにいることで、私は脳内お花畑になりかけていたようだ。


 たまにはいいじゃん。


「まあともかく、聴講生とか夜間とかは考慮の余地はあるわね」

 とにかく私は話を続けた。

「聴講生に関しては単純に既存のクラスに受け入れればいいとして、夜間はどうだろう」

 するとフィリップが反応した。

「聖女様、どうだろうってどういうこと?」

「うん、たとえば私が夜間で講義すると、警備の方から文句が出るきがするんだよね」

「ああ、なるほど」


 私は聖女だから、つねに警備がつく。ステファンと二人っきりになれないのもそのせいだ。ヴェローニカ様の入れ知恵でフローラ、ヘレン、ネリスの三人を騎士にして専属の護衛をしてもらっている。ヴェローニカ様の話だと、私とステファンが二人っきりになれるのは、それこそ結婚でもしないとだめだそうだ。私に異存はないが、如何せん年齢がふたりとも十五歳と若すぎた。

 そんなわけだから、私が夜間に講義するとほうぼうに迷惑をかけることになる。


「それなら第三騎士団で講義すればいいんだよ」

 そう言うのはフローラだ。ヘレンも口を出す。

「うーん、それだと講義後学生が帰るの大変じゃん。第三騎士団郊外だし」

「ならば近衛騎士団でやればいいのじゃ。近衛騎士団なら警備も問題ないし、夜遅いと言うなら我らが泊まってくればいいのじゃ」

「なるほどね、だけどそれには一つ問題がある」

「なんじゃ」

「夜這い」

 するとフィリップが反応した。

「いや、さすがにしないよ。信用してよ」

「うん、フィリップもケネスもマルスも信用してる。信用してないのはヘレンとネリスよ。あともしかしたらフローラもね」

「なにそれ、失礼じゃない。そんなら立場変わったら、聖女様夜這いするの?」

「しないという自信はない!」


 女子三名は冷たい目で私を見た。そしてヘレンは言った。

「というわけで、夜学をやるとしたら近衛騎士団に間借りね」

 私の渾身のボケは無視された。

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