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第88話 たまった仕事

 ヴェローニカ様は新婚旅行に行かれた。行き先はヴァイスヴァルトの離宮である。ヴァイスヴァルトは王都より気温が低い。冬を迎えたヴァイスヴァルトは真っ白になっているだろう。その真っ白な森に囲まれ、ヴェローニカ様はミハエル殿下と暖かい時間を過ごしているだろう。


 一方私は式の後しばらく、外交の場に引きずり出されていた。どこの国の使節も、わたしを見るとやたらペコペコする。どこの国にも聖女がいるわけではない。だからその関係で私に敬意を示してくれているのかと思っていた。しかし明らかに聖女が存在する国の人も、やたらめったら姿勢が低い。

変だなあと思っていたら、すこしずつその理由がわかってきた。

 キーワードは、「龍使い」「火炎瓶」「拷問」の3つである。小声で話しているのが聞こえてくる。ステファンが近くにいるときは「新星」という言葉が聞こえてくる。「新星の王子」というのは素敵で、それだけでもぜひすぐに結婚したくなる。だが私だってその場所にいたんだから「新星の聖女」と呼ばれるべきだろう。だけど「龍使い」「火炎瓶」は実績だからいいとしても「拷問」は無い。ちょっと時間が空いたときにステファンに、

「あのさ、ステファンにも聞こえてると思うけど、私、拷問はしてないからね」

と言ってみた。

「知ってるよ、だけど噂はヴァルトラントから出てるんだよ」

「え、ヘルムート殿?」

「うん、だけどヘルムート殿は、いい人だよ。嘘がつけない人なんだね。聞かれるとそのまま答えちゃうんだよ」

「そっか」

 思い出せばヘルムート殿は自軍の秘密をまもるため、繰り返し自らの命を絶とうとした。それを私がいちいち蘇生した。そしてヘルムート殿は、もし万が一拷問に負けてしまったらヴァルトラントに帰らずこの国の土になるとの覚悟を示し、ヴェローニカ様が折れたのだった。この人に文句は言えない。

「ヘルムート殿はさ、この国と戦争しちゃいけないと言ってくれてるんだよ」

「そっか」

「奥さん、ノルトラント人だしね」

 ヘルムート殿の御夫人は、私もよく知るユリアだ。かつて第三騎士団でメイドとして勤務していた。捕虜になったヘルムート殿は、いつの間にかユリアと仲良くなっていた。

「あとさぁ、ヴェローニカ殿の馬車をルドルフが警護したろう。あれでヘルムート殿の話が本当だと証明しちゃったね」


 数日の王室外交を終え、久しぶりに第三騎士団の団長室の机に座る。するとソニアが大量の書類を持ってきた。

「こちらの決裁が終わったあとは、聖女室の方からもマリアンヌ様がいらしていますから」


 何日かがんばれば仕事は減ってくると思っていた。しかしやってもやっても仕事は減らなかった。考えてみれば聖女の仕事と女子大準備に加えて騎士団の仕事が増えていた。勉強する時間をあきらめてでも仕事をしていたのだが、残っている仕事の量が増えている気がする。

「ソニア様、ちょっといいでしょうか」

 私は第三騎士団の副官ソニアを小部屋に呼んだ。


 ソニア様は小部屋に入り、ドアを閉めるといきなり注意してきた。

「聖女様、私に様をつけてはいけません」

「はあ、申し訳ありません」

「目下の者に、そんな謝り方はありません」

「申しわけ、あ、ごめんなさい」

「で、なんでしょうか」

「あの、仕事の仕方のコツと言うか、なにかあるんでしょうか」

「私から見て、聖女様は真剣になさっているかと思いますが」

「しかし仕事が減りません。ヴェローニカ様と何がちがうんでしょうか」

「そうですね、ヴェローニカ様はご自身に来た仕事でもある程度部下にまかせ、責任はご自分でとられるようにしてました」

「なるほど」

 

 同じことを聖女室筆頭のマリアンヌ様にも聞いてみた。

「そうですね、ジャンヌ様と聖女様のちがいは、失礼を承知で申し上げれば決断のスピードでしょうか」

「わかりますが、いい加減な判断はできませんから」

「仰るとおりです。ですが下の者としては、上が決断してくれないと動けず困ります」

「はい、努力します」

「あとは、仕事の優先順位ですかね」

「優先順位ですか」

「例えば最初にざっと全部の書類を見て、決断の優先度を判断してはいかがでしょうか」

「なるほど」


 さらに寝る前、ネリーにも聞いてみた。

「ネリーさん、離宮でお仕事されてるとき、いろいろと決断しなければいけないことってありましたよね」

「聖女様、私にさんづけは不要です」

 ソニアと同じ内容で注意された。

「ごめんなさい、で、ネリー、決断しなければいけない内容が多すぎるとき、ネリーはどうしました?」

「そうですね、部下の意見を聞くとかですかね」

「あと、誰かから進言を受けたときはどうですか」

「そうですね、その内容が自分で判断しにくいときは、その言ってきた人で決めましたね」

「人ですか」

「ええ、全部信じられる人、半分信じられる人、いろいろな人がいますよね。全部信じられる人であればその人の意見をそのまま用い、そうじゃない人は中身をチェックですね」

「なるほど」

「奥様、かなりお仕事に追い込まれているようですが、慌てなくて大丈夫ですよ。もがいているうちに、奥様なりの解決策が見えてきますよ」

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