第86話 臨時騎士団長就任
結婚式の4日前、私はヴェローニカ様とともに国王陛下に呼び出されていた。謁見の間に二人で入ると、武官長様、第一・第二騎士団の団長様もいらしている。その他各部署のトップがすべて顔をそろえている。私達は二人で、玉座の前に立たされた。
号令がかかり、跪いて頭を下げたところで陛下がお姿を現した。再び号令がかかり、顔をあげるとミハエル殿下にステファンの姿も見えた。
「第三騎士団長ヴェローニカ」
国王陛下が厳しい声で呼びかける。
「一時的に第三騎士団長の任を解く」
ヴェローニカ様が頭を垂れて後ろに下がるのが視界の端に見えた。
「聖女アン、第三騎士団長を臨時に命じる」
私も返事をして、後ろに下がる。これで儀式は終わりのはずだ。形式張ったのが苦手な私は、とっとと聖女室にもどり、第三騎士団へといってしまう気でいた。しかし陛下がお話をおつづけになったので、そうはいかなかった。
「皆のもの、聖女アンは若いがその能力や信頼にかけらの疑いもない。しかし第三騎士団長の務めとともに聖女の務めもある。第三騎士団は先の戦争での働きでもわかるとおり、今や我が国の防衛に欠かせぬ存在である。皆は聖女アンに力を貸してやってもらいたい」
もったいないお言葉である。
「また、聖女アンは我が国の女子教育に心を砕き、女子大設立のために努力している。もしも第三騎士団での仕事のせいで女子大設立が遅れれば、今後の国政に聖女室の助けが借りられなくなることは間違いない。そうであろう、聖女アン」
陛下は冗談で仰っているのはお顔つきで理解できたから、私も冗談でお返しする。
「そのようなことは決してございません。ですが」
「なんだ」
「はい、マルクブールのネリスが暴れまわると存じます」
「ははは、それでは外国から攻められなくても、国内から崩壊するな。ハハハハハ」
謁見の間に笑いが満ちた。
陛下のお話はまだ終わらなかった。
「ステファン、最近は体調ももどったのだったな」
「はい、陛下」
「ではそろそろそなたにも、仕事を与えねばならんな」
「はい、いままでご迷惑をおかけしました」
「ではステファン、そなたに王室からの女子教育支援を一任する。第三騎士団に常駐し、聖女アンを支援せよ」
陛下はステファンのお父上だけあって、素敵な方だった。
儀式が終わり、私達は聖女室の会議室で休憩することにした。ステファン、フローラ、ケネス、ヘレン、フィリップ、ネリス、マルスといういつものメンバーに加え、ヴェローニカ様もついてきた。ジャンヌ様にマリアンヌ様、親衛隊のみんなもいる。
ネリーが一同にお茶を配り終わるのを待って、ヴェローニカ様は、ぐるっと見回して言った。
「うむ、こうやって聖女様のスタッフが一同に会するのも、しばらく見られないな」
「ヴェローニカ様には、大事な任務がございますから」
「まあな、ただ聖女様、私が不在の間に同じ任務を第三騎士団で行わないようお願いいたします」
最初私はヴェローニカ様が何を仰っているのかわからなかった。ちょっと考えて、私の言う「任務」が、王家の血脈の存続という意味を含んでいることに気づいてしまった。
ステファンが顔を赤くしている。
「聖女様、その手があったか、と言う顔をしないでください」
注意してきたのは親衛隊のレギーナである。
「第三騎士団は、原則男子禁制なんですから」
ものごとなんでも例外はある。たとえば数は少ないが一般兵士として男性が配属されているし、厩舎とか工作室とかにも男性職員はいる。
「例外のことを考えてらっしゃるでしょう。ですが第三騎士団では、その手の事故は今まで一切ありませんから」
ものごと何でも最初というものもある。ついでに私の場合、事故とは言わせない。聖なるお勤めである。
「あの、何をお考えか全部顔にかいてありますから。ステファン殿下のお立場もお考えください」
「僕はもうあきらめてるよ」
なんか最後にステファンにとどめを刺された。
私以外が無駄に和やかになったところでマルスが発言した。
「聖女様ひどいですよ、陛下の前でネリス先輩のこと、持ち出さなくてもいいじゃないですか」
女子大設立が遅れた場合、ネリスが暴れると言ったことだとすぐわかった。
「確かにワシは暴れる。じゃが、それをあの場で言わんでもいいじゃろう」
「ごめーん」
「心がこもっておらんのう」
「それにしても聖女様、私の部屋を使わなくて、本当にいいのですか?」
ヴェローニカ様が話題を変えた。私としては本当の第三騎士団の主はヴェローニカ様であることを明示するため、執務室はともかく寝室は今まで通りの自分たちの部屋を使うことにしていた。
「ヴェローニカ様、いつでも帰ってきていただけるよう、掃除だけはしておきますから。なんだったら夫婦喧嘩のときなど、どうですか」
「言うようになったな、ま、下手に個室を与えたら、それこそ事故のもとだな」
そっちの手もあったか。
今日をもってヴェローニカ様は騎士団長の仕事を離れる。だが結婚式の朝まで寝室はお使いになる。宮廷から何人か女官が来ることになっていて、その人達が結婚式の朝までヴェローニカ様を磨き上げるそうだ。フローラ、ヘレン、ネリスはそのことに興味津々で、その美の技術を身に着けたいと息巻いている。また、その女官たちはそのままヴェローニカ様付になると聞いている。
第三騎士団に帰ると、ヴェローニカ様は騎士団長室に私を連れていき、私を団長席に座らせた。
「聖女様、第三騎士団をお願いします」
「はい」
ほんとうの意味で私が騎士団長の任を引き継いだのは、この瞬間だった。