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第85話 ナンバー2

「錬金術師に会えないかな?」

「はい? あんた何バカなこと言ってんの?」

 フローラに錬金術師の話をしたら、またバカ呼ばわりされてしまった。


 私が錬金術を持ち出したのにはちゃんと理由がある。

 錬金術とは、簡単に言えば金でないものから金を作り出す技術である。これは原子を変換する必要があるので、基本無理である。私は物理屋だから詳しくはないが、かつての地球では錬金術の研究が現代化学の基礎にかなり役立ったらしい。私の知る範囲では、かのニュートンも相当錬金術にはまっていたようで、水銀中毒に陥っていたとかいなかったとか。


「聖女様、ちょっと」

 フローラは、私を小部屋へと誘導した。言うまでもないが、この「ちょっと」はお小言の前触れである。私は聖女室の事務室からしぶしぶと移動した。ネリスとヘレンもついてきている。


 小部屋で全員が着席すると、いきなりフローラが文句を言い始めた。

「あんたねぇ、バカも休み休み言いなよ、どうせ電池でもつくろうとか思いついたんでしょ」

「え、なんでわかるの?」

「あのね、私が扶桑で何の研究してたと思ってんの?」

 そうだった。フローラ、かつての木下優花は、強磁場実験の大家伊達先生のもとにいた。伊達先生のカバン持ちとかマジックハンドとして、超強力な電磁石の開発に没頭していた。フローラはかつての記憶をとりもどしてすぐに、銅線とか電気関係のことは一通り考察したにちがいない。

 なお、私が実験物理の道を断念するのに引導を渡したのは実質的に伊達先生だったりする。伊達研究室に入れてもらおうとして電磁石づくりに挑戦、導線がブチブチ切れてしまって、物理自体やめようかと思った。辛かった思い出ではあるが、恨みと言うより、伊達先生は大切な恩師の一人である。


「ま、気持ちはわかるけど、今は結婚式の準備じゃな」

 とりなすようにネリスが言う。

 そうだった。物事には順序というものがあるわな。

「ホントだよ、あんたが旅している間、私とフィリップががんばってたんだからね」

 ヘレンが急に怒り出した。これは旅行できなかったとか、旅先の美味しいものとかの恨みもあるかもしれない。この二人が仁王様モードに入るのはまずい。

「申し訳ありません、結婚式の準備に集中いたします」


 お許しが出て、小部屋から事務室にもどる。しかしその短い移動中に思いついてしまった。純度の高い金属を火薬に混ぜれば、炎色反応できれいだろう。

「やっぱり錬金術師に会えないかな。花火作りたい。ヴェローニカ様の結婚式で使えないかな?」

 ヘレンが激怒した。

「バカッ! 間に合うわけ無いでしょ! あんたの結婚式に間に合うかどうかよ」

「は、はい、そうですね」


 やばかった。


 しばらく事務仕事に集中していたが、ふと集中がとぎれたときヘレンがさっき言った「あんたの結婚式」という言葉が気になった。

 休憩のときヘレンに言ってみた。

「あのさ、さっきの私の結婚式なんだけどさ、花火は期待しちゃうけど、故郷の教会でこじんまりとやったらロマンチックだと思うんだよね。親しい人だけおまねきしてね……」

 ヘレンが話を遮る。

「ほんと馬鹿だねあんたは。そんなの無理に決まってんでしょう」

「そうなの?」

「あのね、当代の聖女と第二とはいえ王子の結婚式だよ。ミハエル殿下とヴェローニカ様の結婚式と同程度の規模になるに決まってんでしょ!」


「聖女様よ、さすがのワシも呆れたぞ」

 ネリスも言ってきた。

「ヘレンが激怒すると、ワシでもこわい。気をつけたほうがいいぞよ」

 ネリスの言うとおり、今日の私は黙っていたほうがいいような気がする。

「ま、錬金術については、ケネス殿にたのむんじゃな」

「うん、そうする」

 馬鹿な私でも、ケネスに直でたのまず、フローラに話を通したほうがいいことはわかる。でも今それを口にするのは危険を感じるので、日を改めようと思う。幸い今日は口の軽い男子(フィリップとは言ってない)が不在だ。今日の私のトンチンカンな言動はあまり広まらないだろう。


 なお、私が仲間に叱られたり怒られたり呆れられたりする度、事務室の雰囲気は結局ホンワカしたものになる。今の聖女室の事務室に、私の威光などというものは存在しない。そしてその中で一番ホンワカしているのは聖女代理のジャンヌ様だ。ジャンヌ様は長いこと私にかわって聖女の役目をしてきたし、そもそものお人柄がすばらしい。いわゆる慈愛というやつですべてを包み込んでしまう。私が仲間たちに怒られているときも、柔らかい笑顔でいつも見守って下さっている。

 組織としては、トップがふんわりとメンバーを包み、ナンバー2が鬼軍曹みたいなのが私の理想だ。札幌の池田研とか榊原研とかは、先生たちは怖かったけど、どっか抜けてて憎めないというか親しみがもてた。その抜けたところを助教の先生とか、場合によっては博士課程の院生とかがカバーしかつ、修士課程の院生や4年生をしごいていたと思う。

 それに対して今の私はどうか。私が抜けていて、ナンバー2がしっかりしているのはいい。問題はそのナンバー2が3人もいることだ。3人がかりで私をしごいている気がしてきた。

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