第83話 女官長の怒り
ネリーが宮廷に退職願を出したことで、私達は謝罪と相談をすべく女官長様に面会を申し入れた。入室してきた女官長のエミリア様は不機嫌極まりない顔をされている。国でかなりの高位にある聖女相手にここまで露骨に不機嫌な顔をするのは、部下を引き抜いた上に宮廷の慣習を無視して急遽乗り込んできた私達に我慢がならないのだろう。まあもっともなことである。
「エミリア様、お忙しいところ押しかけてしまい、申し訳ありません」
「今日はどのような御用向きで」
「はい、離宮のネリー様の件です」
エミリア様は、やっぱりそれかという顔をされた。
「まあ、おかけください」
「失礼いたします」
エミリア様は、不愉快極まりないと言う顔をしている。これはもう、平謝りに誤り倒すしかなさそうだ。
「エミリア様、この度は大変に申し訳ありません。このような事態になると全く予期しておりませんでした」
「聖女様でも、予期できなかったと」
嫌味でかえされた。
「はい、離宮や収穫祭巡りでは、ネリー様に大変お世話になりました。また離宮へ赴く際には、ネリー様にお会いできると思っていたのですが、今日、退職を願い出られたと聞きまして、慌ててこちらに参った次第です」
「はあ」
「それでです、なんとかネリー様の退職願ですが、不受理、とできないでしょうか」
「は、受理するよういらしたのではないですか」
「いえいえ、とんでもないです。ネリー様の女官としての能力は優秀です」
「そうです、私の後継とまで考えていたのです」
「やはりそうでしたか、ですからネリー様のキャリアがこんなことで終わるのは、国家の損失になります」
「それについては、私も同意します。ですが、本人の意思もありますし」
「それなんですが、ネリー様を聖女室への出向ということにして、しばらく私共にお貸しいただけないでしょうか」
「それは聖女様のアイデアですか」
「いえ、フィリップの意見です。フィリップの言うには、そのほうが聖女室と宮廷の連絡にも好都合だろうと」
「なるほど、フィリップ殿のご意見ですか」
女官長はフィリップについてはよく知っているような口ぶりだ。
「私といたしましては、フィリップの意見に同意しておりますので、責任はすべて私に」
「はあ」
エミリア様は少し黙った。
「ヘレン、あなたが聖女様についていながら、こんなことになるなんてしっかりしてください」
エミリア様の怒りの矛先は、急にヘレンにむけられた。
「申し訳ありません」
ヘレンも頭を下げる。エミリア様の言い方は、ヘレンの仕事ぶりを認めてきたようだ。私が不在の間、仕事で何回か顔をあわせてきたのだろう。そうならばヘレンをかばわなければならない。
「あの女官長様、私の不徳のせいでネリー様がこのようなことになり、突発的にこちらへ伺いましたのでヘレンは私にひきずられているだけですので、どうかお怒りは私に」
「聖女様、あなたもあなたです。まず、私相手にペコペコしてはなりません。次になぜ人を介して面会を申し入れなかったのですか、フィリップ殿の伝書鳩魔法もあったでしょう」
「あ」
「そして聖女様は約束がないからというので、普通の陳情の方たちと一緒に待合室におられたそうではないですか。警備も難しいし、第一、女官長の私が聖女様に待ちぼうけを食わせているようではありませんか」
「重ね重ね、申し訳ありません」
「だからペコペコしない!」
命令口調になってしまった女官長様は口をつぐんだ。
私は私で頭もさげられず、かといって謝罪をやめるわけにもいかず、困ってしまった。
「聖女様口が過ぎました。申し訳ありません」
「とんでもないです。お怒りはごもっともです」
「とにかく、ネリーの退職願はあくまで自主的なことで、聖女様のご指示でないことはわかりました」
「はい」
「それから聖女様のお気持ちはよくわかりました。ネリーについては、仰るとおりにいたしましょう。今、ネリーはどちらにいるかご存知ですか」
「はい、聖女室に足止めしております」
「ではおもどりになられましたら、ネリーにこちらへ出向くようお伝えいただけますか」
「はい」
「それにしても聖女様、ヘレンから聞いておりましたが、あなたは本当に面白い方ですね」
「はあ」
「ヘレン、これからも聖女様をしっかり支えてください」
「はい、お任せください」
「フィリップ殿、出向のこと、よく思いつきましたね。あなたも聖女様をよろしくおねがいします」
「はい」
「そのニヤニヤがなければいいのだけれど」
エミリア様はフィリップについてもよく知っているようだ。ただ、ここで笑っていいのかどうか判断に困る。
エミリア様のもとから辞して帰ろうとしたとき、エミリア様は話しかけてきた。
「聖女様、いままではあまり一緒にお仕事をする機会がありませんでしたが、これからはそうも行かないと思います。本日の私の物言いはご不満でしょうが、どうか私共にもお力をおかしください」
「とんでもないです。お力をお借りしないとならないのは私ですし、今日のお怒りはごもっともなことと存じます」
「聖女様、今日私が本当に怒っていたとでも」
「はい?」
エミリア様は笑顔で私にとどめを刺した。
「龍使いの聖女様も、まだまだですね」