表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/126

第82話 ネリーの退職

 収穫祭巡りの旅から王都へもどり、数日が過ぎた頃だった。国王陛下との打ち合わせの際、王妃殿下からお尋ねがあった。

「聖女様、離宮のネリーが退職願を出してきたの。聖女様は何かご存知でしょうか」

 私の心臓は強く鼓動した。

「あ、いえ、心当たりがございません」

 私にはそうとしか答えられなかった。

 

 ネリーは、私が聖女らしからぬ言動をとると「聖女様」と呼んで諌めてくれる。逆に良い行動、判断をしていると「奥様」と呼びかけてくる。旅の途中、なるべくネリーから「奥様」と呼ばれるよう努力したつもりだし、実際「聖女様」と呼ばれることは少なくなっていた。だから私はネリー相手に何をやらかしてしまったのか全くわからず、当惑するばかりだった。


 翌日聖女室に顔を出すと、ネリーがいた。見たことがないほどニコニコしている。私はネリーの近くに行って小声で聞いた。

「ネリー、退職願を出したとのこと、聞きました。私、なにかいけませんでしたでしょうか」

「いえいえ奥様、収穫祭巡りお疲れ様でした。私も楽しい旅をさせていただきました」

「それでネリー、今日はどうしました?」

「はい、就職活動です」

「はい?」

「この度一身上の都合で、宮廷には退職願を出させていただきました。それで奥様に個人的に雇っていただけないかと考えまして」

「え、私、そんなお金ありません」

 聖女室筆頭のマリアンヌ様が口を出してきた。

「ありますよ、聖女様お給金、ほとんど使ってませんから」

「だけどだれか人を雇ったら、あっという間に無くなるのではありませんか」

「いえいえ、3人くらいは余裕で雇えるくらい出てますよ。そもそもそれを見込んで聖女様のお給金が決まってますから」

 そしてネリーがニコニコ顔でさらに突っ込んでくる。

「というわけで、よろしくお願いします」

「ちょっと待って、とにかく待って。マリアンヌ様、ちょっと」


 ネリーを残し、マリアンヌ様を別室に連れ込む。目線でヘレンとフィリップも呼んだ。

「どう思いますか?」

という問い掛けに、マリアンヌ様は「いいんじゃないですか」とそっけなかった。ヘレンにも意見を聞く。

「うーん、旅の間よくしてもらったんでしょ。離宮でもとても良くしてくれたし、人としてはネリーさん以上の人はいないと思う」

 私が問題に思うのはそこなのだ。

「私としては、ネリーさんが来てくれるのは助かるし嬉しい。だけどそれ、女官長様から恨まれないかな」

「だろうね、恨まれるけど、しかたないじゃない」

「仕方無くないよ、宮廷の官僚組織を敵に回したくないし、だいたいネリーさん自体のキャリアもこれで終わりになっちゃう」

「だけど本人の希望だからなぁ」

「ネリーさん自身がなんと言おうと、絶対私が引き抜いたって言われるよ、絶対」

「うーん」


 ちょっとしてフィリップが発言した。

「聖女様、ネリーさんは退職願を出したってことだよね」

「そうだけど」

「退職した、とは言ってないんだよね」

「うん」

「だったらまだなんとかなるよ」

「だけど、ネリーさんの意思はどうするの?」

「それだけどさ、宮廷に籍はのこしたままで、聖女室に出向と言う形をとればいいんじゃない?」

「出向?」

「そう、そうすればネリーさんのキャリアも続くし、宮廷との連絡係も兼ねられる」

「おお、さすがフィリップ」

「じゃ私、早速宮廷行って交渉してくる。ヘレン、フィリップ、ついてきて。マリアンヌ様、なんとかネリーさんを引き止めといてください」


 聖女室を出て、徒歩で宮廷へ向かう。足がついつい早くなる。ヘレンとフィリップだけでなく親衛隊からも4人ついてきているので、なんだかものものしい雰囲気になってしまっているだろう。


 受付に向かう。あたりは地方からの陳情だろうか、かなりの人が待たされている。みな私の服装で聖女であることがわかるので、一斉に起立し姿勢を正してくれる。申し訳なく「みなさん、お楽に」と手を上げて合図する。忘れていた笑顔を顔面にくっつける。

「女官長様に、おとりつぎいただけないでしょうか」

 受付の女官は表情が固い。

「聖女様、お約束は」

「いえ、ございません」

「緊急のご要件でしょうか」

「緊急と言うほどでもないのですが、あまり先延ばしにはできないのです」

「それではすぐというわけにはいかないのですが」

「承知しております。女官長様がお手すきなられるまで待たせていただきます」

 私はそう言って受付から離れ、空いている席を見つけられたのでそこに座る。私が入ってきたときはガヤガヤとしていたのだが、私のせいかシーンとしてしまっている。いつものことだが、やっちまったなぁと思い待っていると、一人の女官がやってきた。

「聖女様、女官長様がお会いになられます」

「あの、他のひとの順番を飛ばしているのではないでしょうか」

「聖女様ですから問題ありません」

 これまたやっちまったなぁと思いながら立ち上がる。周囲からは恨めしい視線が飛んでくる。


 一つの応接室に案内される。いろいろ無理して面会してもらうので、私はたったまま女官長様を待つことにする。少しして、女官長のエミリア様が入室した。怖い顔をしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ