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第80話 お面

 停滞した翌朝、空は晴れ上がった。まだ日の出前で星が見えている。東の空が白くなってきた。気温は低く、雪のついたテントの表面は凍結している。もし昨日無理に行動して、変なところで行動不能になっていたら恐ろしいことになっていただろう。朝食前に馬たちの様子を見にいったが、皆元気そうで安心した。

 外はまだ真っ暗だが、朝食をとりながら会議する。議題はもちろん今日の行動についてである。

「聖女様、今日の気温はどうなるでしょうか」

 ヴェローニカ様の問に、慎重に答える。

「風向きから考えて、しばらくは冷たい風が吹くのでなかなか気温は上がらないでしょう。ですが日射と風向きの変化があれば、一気に気温が上がってくると思います」

 仕事に戻ったネリーがお茶を配っている。

「道の状態はどうなるだろうか?」

 ヴェローニカ様は、近衛騎士団の一人に聞いた。

「気温があがると多少ぬかるむと思いますが、この地域は砂利が多く、予定よりも遅くなっても日没になる前に到着できると思います」

「うむ」

 ヴェローニカ様は、少し考えていた。

「よし、なるべく早くこの地を出発しよう。道の状況が悪くなる前に、なるべく進んでしまいたい。よろしいでしょうか聖女様、殿下」

 私とステファンは顔を見合わせてうなずきあった。

「私達に異論はございません」

「ありがとうございます。では皆のもの、かかれ!」


 私は自分のテントに急いで戻る。ネリーを手伝って荷物をしまい、できたものをどんどん馬車に積み込んでいく。積み終わったら私達4人でテントを畳んでしまう。テントの張り綱が凍りついていて、杭をぬいたり綱をまとめたりにはかなり苦労した。手袋が濡れてしまい、手が冷たくなってくる。

「ネリス、手袋を濡らしたら、遠慮せず交換するようヴェローニカ様に進言してもらえるかしら」

「わかった!」

 ネリスが走っていった。残った私達は、落とし物がないか、よく探す。昨日のうちに落としたものは雪の下でどうせみつからないが。

 自分たちの片付けがすんだので他のところに手伝いに行こうかと考えていたら、レギーナをはじめとした親衛隊が走ってきた。

「あれ、テントがない」

「聖女様、やっちゃったんですか」

「はい」

 私が元気に答えると、

「ヴェローニカ様に怒られるな、これ」

というエリザベートのぼやきが聞こえた。


 日が出て少したったころ真っ白な野営地をあとにした。


 馬車が動き出すと、やっと景色を見る余裕ができた。

 真っ白な原野が、どこまでも続いている。昨日超えた峠は東側なので陽光の影にはなっているが、真っ白く積雪していることがわかる。

 めずらしくネリーから話しかけてくる。

「ローゼンタールの皆さんは、今頃どうなさっているでしょうかね」

「そうね、雪は大半山で降ってしまうから、こちらほどの積雪はないんじゃないでしょうか」

「雪は山沿いに降るものなのでしょうか」

「そうです、風が山にあたって高度が上がると、基本的には温度がさがります。温度が下がると空気中に含まれている水が液体として出てきますから、風が山に吹き付けるとそこで雨や雪が降るのです」

「そうなのですか、よくご存知ですね。女学校では習わなかったと思いますが」

「あ」

 慌てる私に、フローラが助け舟を出してくれる。

「私達の研究の成果のひとつです」

「なるほど、みなさんはすごいのですね」

「は、はは」


 日が高くなるに連れ、馬車の進みは遅くなってきた。雪が溶けてきたのだろう。気温が上がってきたに違いない。馬車の中はちょっと暑くなってきていた。これは馬車を軽量化する必要があるかもしれない。

「ネリーは、乗馬はできるの?」

「ええ、一応できますが」

「わかりました」

 ネリーは細かいことを言わなくても、私の意図はわかってくれたらしい。なんだか考え事をしているように見えるのは、乗馬に必要なものをどこに積んだか思い出しているのだろう。


 午前の休憩で、私はヴェローニカ様のところに行った。

「どうなされました、聖女様」

 私は単刀直入に話す。

「馬車を軽くするため、私達、予備の馬に乗ったほうがいいのではないかと思うのですが」

「ああ、それは助かります。男性方はどうされますかな」

 ヴェローニカ様の視線を追うと、ステファンとマルスが歩いてきた。

「殿下は同じお考えのようですね」

 ヴェローニカ様はにこやかに言った。


 馬に乗ると、馬車では暑く感じたのに今度はとても寒い。さらに目が厳しい。

 このように積雪がある状況下で日射が厳しい場合、雪面から紫外線が強く反射し目をいためることがある。いわゆる雪目というものだ。騎士団の人たちは対処法を知っているから問題ないが、ネリーに注意するのを忘れていた。

 私はなるべく目を薄く開けるようにし、ネリーにも言った。

「ネリー、雪が光を反射して目をいためることがあるの。なるべく目を開けないようにしてね。次の休憩で対策品を渡すから」

 私はヴェローニカ様に声をかけ、雪目対策のため次の休憩を早めに取ってほしいと頼んだ。


 少し進んだところで広場みたいなところがあったので、ヴェローニカ様は隊列を止めた。

「総員、雪目対策をせよ!」

 騎士団での雪目対策品は顔の上半分だけのお面で、目のところは狭いスリット状になっている。地球だとエスキモー式のサングラスに近い。私達の馬車から予備のものを取り出し、ネリーに渡す。

「日焼けを防ぐには、顔の下も覆ったほうがいいですよ」

 私は顔の下半分を布で覆い、その上からお面をかぶった。

「おでこのところに、名前が書いてあるんですね」

 ネリーが面白そうに言う。

「ええ、顔がわからないと誰が誰だかわからないでしょう?」

「そうですね」

 ネリーが楽しそうでよかった。

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