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第79話 停滞

 少しでも多く日を浴びていたいので、昼食は外で食べた。食べながら西の空から黒い雲が迫ってくるのが見える。雨が降る前にと、急いで食べてしまう。テント内で呑気にしていたら危ないところだった。

 雨や雪の中、無理に仕事をしても良くないと思い、私はヴェローニカ様に

「みなさんにはなるべく休息していただいたらと思います。おそらく天気は荒れるので、荒れ具合によっては夜が大変なことになるかもしれませんから」

と言ったら、

「承知いたしました」

と同意してくれた。ま、どうせ最初っからヴェローニカ様はそのつもりだっただろうけれど。


 そして雨でなく、雪が降ってきた。綿雪だ。まだ気温が高い証拠で衣服が濡れてしまう。

「歩哨をのぞいて全員、テント内で待機。極力休息をとるよう命令を出してくれ」

 ヴェローニカ様がレギーナに指示を出した。人々がそれぞれのポジションへと移動していく。

「私はここでのんびりさせていただきますが、聖女様はいかがなされますか?」

 ヴェローニカ様への問には用意しておいた答えを返す。

「私は自分のテントで休養させていただきます。なにかありましたらお知らせいただけますか」

「承知いたしました。夕食はどういたしますか」

「そうですね、寒いようならみんなであたたかいものをつつくのがいいかと思いますが、雪が多ければ各自のテントで簡単に食べられるもののほうが良さそうですね。おまかせします」

「ははは、承知しました。状況に応じて対処いたします」


 フローラ、ネリスと一緒に自分のテントに戻ると、ネリーが座り込んでいた。

「奥様、おかえりなさいませ」

「ただいま、ネリー。しっかり休んでる?」

「はあ、休めとおっしゃられましても、眼の前に奥様がいらっしゃるとどうしたものだかよくわからなくて……」

「今目の前にいるのは、ただの知り合いと思って、気楽にしてください」

「はあ、まあ、そうします……」

「私達は勉強しますから、ネリーは寝るなり読書するなり、呑気ににしていてください」

「はい……」

 私の考えがわかっているネリスは、ネリーに先んじてお茶を4人分用意する。フローラはお菓子を出してくる。二人共ネリーが手伝おうとするのを、さらっと断っている。

「勉強するのは良いが、机がないのう」

 お茶を淹れながらネリスが言うが、それに対する答えは決まっている。

「腹ばいでいいんじゃない。一回やってみたかった」

「あ、それいい!」

 フローラが喜んだ。


 テントの床に板をおいて、机がわりにする。計算用紙、筆記用具、そして隠し持ってきた算術の本を出す。フローラは手にとって、

「ああこれかぁ、座標系の扱い、難しいんだよね」

と言って喜んでいる。転移魔法につながる算術だから、フローラはなんとしても習得したいのだろう。ネリスは、

「うむ、がんばろう」

と言って早速腹ばいになろうとしている。私は、

「ネリス、お茶こぼさないでよ。掃除大変なんだから」

と注意した。ネリスは「うむ」と言ってくれたがフローラは厳しい。

「聖女様、よく言うよ。集中したらあんたが一番危ない」

 それに笑ったのはネリーだった。


「ねぇ、風が出てきたね」

 しばらく計算に集中していたのだが、きりの良いところで外の様子が変わったのがわかった。

「ふむ、そうかの?」

「ほんとだ、風だ。雪、強くなったかな」

 ネリスとフローラは計算にまだ集中していたからか、私より気付くのが遅れたようだ。

 私は起き上がって、外を見ようとした。

「アン、だめだって」

 フローラが私のカップを押さえた。もう少ないけれど、お茶がまだ残っていた。

「あーごめん」

「はははははは」

 笑ったのはネリーである。

「奥様、フローラ様の仰るとおりでしたね」

「まあ、私、フローラには弱点すべて知られてますから」

「良いお友達なのですね」

 今度はフローラがネリーに訪ねた。

「そう言えばネリーさん、ネリーさんはアンのことを奥様と呼ぶんですね」

「はい、私は殿下と奥様をずっとお世話していきたいと考えていますので」

 なんか嬉しいことをネリーは言ってくれるので、身悶えてしまいそうだ。

「聖女様、喜んでおるのう」

 これが喜ばずにいられるか。


 ネリーは居住まいを正して言った。

「おそらくアン様をはじめ、みなさんとは長い長いお付き合いをさせていただきたいと考えております」

 私もフローラもネリスも、なんか正座して頭を下げた。


「奥様、お外の様子が気になるのではなかったですか?」

「そうでしたね」

 私は笑って、テントの入口を少し開けて外を見る。

 真っ白だった。小さい粒の雪が水平に近い角度で飛んでいる。

「ねえみんな見て、真っ白!」

 しばらく4人で代わる代わる首だけ外に出して、外の様子を鑑賞した。

 立ち並ぶテントはみな、白く雪を付けている。時折黒い人影が歩くのがみえる。

 降雪がすべての音を吸収し、とても静かな世界に風の音だけが響く。


「私トイレ行く」

と私が言ったら、全員で行くことになった。風が強いので下を向いて歩く。新雪を踏むのが楽しい。

 用をたしたところで、ネリーが提案した。

「本部テントに寄られませんか?」

「それはまたどうして?」

「温かい食べ物とかあるのではないでしょうか」

 一も二もなくみんなそれに賛成する。さらにネリスは、

「マルスも誘いたいのう」

と言うので、男子テントにも声をかけに行く。


 男子は外に出る支度にちょっとかかるというので、先に本部テントに行く。中はあたたかく、ネリーの考えが正しいことを示す甘い匂いが立ち込めていた。

「敬礼!」

 鋭い号令が飛ぶが、私は手をあげて「どうかお楽に」と言っておく。これを言わないと私が着席するまで全員立っているのだ。ラファエラとマリカがなにか食べているので覗き込む。

「聖女様も、これが目当てですか?」

「ネリーが教えてくれたの」

 甘くて温かくどろっとしたスープに、デンプンでつくった団子が浮かんでいる。完全に汁粉である。ネリーが奥の方にそれを取りに行こうとするので、

「だめです。ネリーはお休み中ですから」

と言って、私とネリスで取りに行く。フローラはネリーが働かないように監視に残しておく。鍋を担当している人に、

「7人分ください」

と言ったら、

「7人前、ちょっとお待ち下さい!」

と言われ、ほんとにちょっとで7人前が出てきた。ネリスと二人でお盆にのせて運ぶ。

 テーブルにもどると、ネリーが申し訳無さそうな顔をして、男子たちに囲まれていた。

「聖女様に運んでいただくと、かえって休んでいる気がしないんですが……」

 みんなで笑って汁粉をいただく。

「うん、これはうまい」

 ステファンが喜んでいる。マルスはネリスにあーんさせられ、顔を赤くしていた。

「よいではないか、よいではないか」

 私も真似しようか。

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