表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/126

第78話 ゴロゴロ勉強

 私はこの旅にテーマと言うか研究課題を見つけることができたが、それよりも今日一日をどう過ごすかが目の前の問題としてある。私はネリーが雪を前にして、すこし参っているように感じられた。

 ネリーは女官として優秀で、その優秀さをこの旅で遺憾なく発揮している。それだけに今朝、少し自信なさげにしているのが気になった。今回の一行は、聖女の私と第二王子のステファンを除けば軍人・軍属でないのはネリーだけだ。私は騎士団にしょっちゅう出入りしているし、そもそも八歳から騎士団で訓練されている。ステファンだって王族だから、軍隊とは無関係ではありえない。本来健康さえ問題なければ、王子には軍事教練への参加義務がある。今までだって具合の良いときは、少しは参加していただろう。

 とにかくそういう一行だからすべてが騎士団式・軍隊式なので、細かいところで荒っぽいところがある。わたしの大雑把なところと絶妙なマッチングで私には居心地がいいが、そんな私達にネリーの細やかな心遣いは潤いを与えてくれている。外見的にも気が付かないうちにいろいろと整えてくれているにちがいない。それがいつの間にか、ネリーに疲労を蓄積させている気がした。そしてその疲労が今朝の雪中の野営で顔を出してきたのかもしれない。


 私はネリーを呼びつけた。

「ネリー、あなたには今日の午後から明日の朝まで、休息をとってもらいます。給仕も着替えの手伝いも必要ありません。私の身の回りのことは自分である程度はできますし、フローラとネリスもいますので。明日の朝からしっかり働いてもらいますので、充分に休息をとってください」

 私は反論を許さないよう早口でいいつけ、その場を後にした。


 嫌な言い方になってしまったが、押し付ける必要があった。午後から雪が降る可能性がある。その中で仕事させるわけにはいかない。雪の中、お茶を淹れたり運んだり、さらには食事の準備をしたりとテントからの出入りが必要になる。テントの出入りを最小にするには私が本部テントにずっと居ればいいが、それだとネリーの気の休まるヒマがない。

 午後は休みとなれば、ネリーは午前中に荷物の整理とか着替えの用意とかすべての仕事をやってしまうだろう。だからおそらく私の生活に問題は発生しない。いや、ひとつ問題があった。


 ステファンのところに言って、小声で相談する。

「あのね、今日午後、ステファンといっしょにいられない」

「え?」

 ものすごく意外そうな顔である。ふつう雪で停滞となれば、私は一日中ステファンとベタベタしそうなものだからだ。私はもちろんそうしたい。

「あのね、ステファンと一緒にいようとすると、どうしても本部テントになるじゃん。するとネリーはついてきて、ずっと私達のためにお茶淹れたりお菓子出したり大変だと思うの。で、どうせ雪じゃん。だから私、自分のテントにこもってゴロゴロ勉強する。ネリーにも一緒にゴロゴロしてもらう」

 ステファンは笑い出した。

「まあ僕も残念だけど、わかったよ。それにしてもゴロゴロ勉強って面白すぎだろ」

「そう?」

「ゴロゴロ勉強、これはフィリップに教えてやらないと」

「やめて」

「まあ僕らもゴロゴロ勉強するよ」

 今更自分の表現の変なところに気づいて、一緒に笑った。


 視線を感じて見回すと、ヴェローニカ様の不敵な笑顔が見えた。うーん、あれは真似できない。それはともかくこの場合、ヴェローニカ様ならどのように指示をするのだろうか。


 午前中本部テントの前に椅子を出し、日を浴びることにする。見ているとネリーはあっちへ行ったりこっちへ行ったり、忙しそうに仕事している。見た感じほとんどの人はテントの外で仕事しているようだ。天候悪化を予期しての停滞だから、今のうちに日を浴びていたいのは私と同じなのだろう。そしてステファンも、椅子を持ってやってきた。

「空が青いね」

「うん」

「空が青いということは、電磁波については僕らの知る物理法則が成り立っているということだろうね」

「そうね、物理定数についても、大きな違いはなさそうね」

「ああ、測定手段がないけどね」

「レイリー散乱は、どんな物理定数が関係あるっけ?」

 ステファンの言うレイリー散乱は、光など電磁波が小さな粒子によって散乱される現象だ。空が青いのは、大気中の微粒子が波長の短い青い光を散乱させていることによる。

 

「なんじゃなんじゃ、ゼミでもやるのか?」

 ネリスがそう言いながら寄ってきた。仲間たちがみんな来ている。私は思わず、

「ゼミ、いいね」

と言ってしまった。当然ながら出てくる疑問は、

「教科書あるの?」

というのだが、これはケネスが聞いてきた。

「ま、あるわな」

という発言は、フローラのものだ。当然だろう。この私が長旅に勉強になるものを持ち込んでいないわけがない。ステファンはさっきの私の「ゴロゴロ勉強」という言葉を聞いているから、普通に笑っていた。

 そこで気付いた。さっきステファンは「僕らも」ゴロゴロ勉強すると言っていた。ということは男子も勉強道具を持参しているに違いない。

「あのさ、私だけ勉強道具を持ち込んでおかしいみたいな雰囲気になってるけど、男子もあるんじゃないの、勉強道具」

と言ったら、フローラとネリスは驚いた顔をしている。フローラがケネスに、

「どうなの」

と言って詰めたらケネスは、

「いや、旅の間にステファンにちょっとずつ教わろうと思ってね、な、マルス」

「はい、そうです」

ということだった。


 そういうわけで昼までの短い時間だったが、みんなで物理の話ができて私は楽しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ