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第77話 朝の会議

 目を覚ますと無音だった。

 昨日寝床に入ったときは雨音がうるさいと思っていたのだ。少し寒い。音がしないので雨がやんでくれたのかと思っていたら、テントの周りをググッ、ググッ、という音がする。用のある人が歩いているのだろう、この音は雪を踏む音だと気がついた。


 寝床から出てテントの外を見てみると空は少しだけ薄明るくなってきていたのだが、あたりは真っ白だ。不寝番の騎士が見回りしているのが見える。

 体が冷えたからか、用をたしたくなる。寒いし雪の中を歩くのは億劫なので、限界まで我慢しようかと一瞬思った。しかし騎士としての訓練で、できるときにしておくのを体にたたきこまれているからがんばって行くことにする。

 用意していると、

「なんじゃなんじゃ、寒いのう」

と言う声がした。ネリスを起こしてしまったらしい。

「ごめん、ちょっとトイレ」

と声を掛けると、

「うむ、ワシが護衛しよう」

と言ってくれた。一人で行くよりは大幅に気が楽だ。だけどもしかしたら、ネリスも行きたいだけかもしれない。そしてネリーが、

「おはようございます奥様。私もご一緒してよろしいでしょうか」

と言い出したので、一緒に行くことにする。

 テントをでるところでネリーが野営用のサンダルを用意しているのをみて、私は注意した。

「ネリー、雨とか雪のときは、めんどうでもちゃんとしたものを履いたほうがいいですよ」

「あ、申し訳ありません」


 外に出ると、一応雪はやんでいた。たすかる。空も先程より明るい。

 3人で順に用をたす。私やネリスは慣れているのでさっさと終わらせたが、ネリーは時間がかかっている。出てきたところでしきりに恐縮している。

「旅のおわりまでには、きっと慣れていますよ」

と慰める。いつもは自信たっぷりのネリーが、めずらしく自信なさそうで気の毒になる。


 まっすぐに自分のテントには帰らず、本部テントに寄る。ネリーにはテントに帰って寝ていていいと言ったのだがついてきた。夜の間の状態を当直の騎士に聞いていたら、ネリーはその騎士の分も含めてお茶を淹れてくれた。特に変わったことはなく、夜半に雨が雪に変わり、さきほど止んだとのことだ。

「もう少しだけ、寝させていただくわ」

 私は当直の騎士にそう言って、自分のテントにもどる。ただ寒いからかもう一度トイレに行きたくなり、やっぱり3人で順に用をたした。

 

 夜が明けた。着替えて本部テントに顔を出す。

「おはようございます、聖女様」

 皆口々に明るい声で挨拶してくれる。雪がやんで表情が明るくなったのなら、ちょっと危ないと思った。次々とステファンはじめ男子勢、ヴェローニカ様やレギーナたちが顔を出す。

 一同揃ったところでお祈りして、朝食となる。パンやソーセージなど見慣れた食料だが、今朝はベリーがついている。給餌してくれているネリーに「これは?」と聞くと、やはりローゼンタールでいただいたものだそうだ。すっぱくて目が覚める。


 朝食をとりながら打ち合わせをする。話題は当然ながら、今日の予定だ。


 もともとの予定は、昨日から今朝まではローゼンタールに宿泊、そして今晩この野営地に宿泊だった。つまり1日分先行していることになる。出てきている意見は、1日早いがここを出てしまうのと、もうひとつはせっかく1日先行しているのでここで休息をとろうというのだ。

 それぞれに理はある。

 今日ここを出れば、あとの日程に余裕が出るので不慮のトラブルに対応しやすくなる。

 今日ここで滞在すれば、そろそろ疲れのたまり始めている私達一行が休息がとれるし、ローゼンタールの古老の意見では、数日の好天は見込めるので明日の行程に問題はない。

 私は黙って騎士たちの議論を聞いていた。


 ヴェローニカ様が聞いてきた。

「聖女様、めずらしく聖女様をはじめ、皆さんのご意見がありませんが」

 私だけでなく、ステファンも、フローラも、いつもの仲間は何も意見を言っていなかった。これは確かに珍しいことである。私にはわかっている。多分私達6人の意見は同じで、ちがう観点から今日の行動を考えているからだ。

「フローラ、おねがい」

 私は山登り経験があり、気象に注意深いフローラに話してもらうことにした。

「みなさん、今、晴れていますが、私はこのお天気は長く続かないと思います」

 フローラが同じことを心配していたことがわかり、私はうなづく。フローラは話を続ける。

「ローゼンタールの村長さんは『一度晴れたあとにもう一度降る場合、もっと冷たい雨が降り、ぐっと寒くなる』と言っていました。私は風向きの変化からして、そうなる可能性が高いと思います」

 ヴェローニカ様がフローラに聞く。

「では、そうなった場合、どうなるか?」

「行動中に雨から雪にかわると、幕営地に着く前に衣服や装備が凍りはじめ、たいへんなことになるおそれがあります」

「私達のほとんどは騎士団で、冬の戦闘経験もある。なんとかなるのではないか」

「私は2つの理由で反対です。まず、今は冬というより秋です。雪よりも雨のほうが凍結のおそれがあり恐ろしいです。さらに今、戦時ではありません。聖女様を護衛するのに、危険を犯す必要性を感じません」

「うむわかった。では聖女様、もう一日この地で宿泊でよろしいでしょうか」

「はい、お願いします」


 緊張した打ち合わせが終わり、お茶を美味しくいただく。

 ヴェローニカ様は進みたいようなことを匂わせながら、あっさりとフローラの意見に同意した。多分最初っからそうなることを想定して打ち合わせしたのだろう。これも部隊指揮のこつなのだろうか? そう考えると、私は今まで無駄に時間を過ごしてきたことを自覚した。旅が終わり、冬が来ればヴェローニカ様はご結婚される。新婚旅行も行くだろうから軍務からは離れるので、私が騎士団長の代理を務めなければならない。他の騎士団長様たちからおだてあげられたのと、スタッフたちの優秀さに満足して何も考えていなかった。だけどいくらおかざりの騎士団長代理でも重要な決断をするべきときはあるだろうし、お飾りだからこそ、チームワークとか人心掌握とかそういったところがとても大事だろう。そうとなればこの旅の間、ヴェローニカ様の言動に注意し、真似できるところは真似し、真似できなくても参考にすべきことは参考にしなければならない。


 私はこの旅に、新しいテーマを見つけた。

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