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第76話 雨の野営

 この国ではどんな小さな村にもかならず礼拝堂がある。もちろん人口に応じて大きさは変わる。村とは言えない小さな集落にも祠くらいはある。国民はみな敬虔に神様を信じている。神様と人々の仲立ちをする私はとても大切にされるし、私としても仕事はしっかりしたい。

 天候悪化が懸念されているが、私の安全を真剣に考えてくれたからこそ村長さんは日程の変更を進言した。だから私も真剣にお勤めに励むことにする。

 というわけで最初にこの村の礼拝堂に入らせてもらい、この一年の収穫の感謝を、村人に代わり神様に伝えた。そして無事に冬を越え、来年も豊かな実り得られるようお願いする。村の小さな礼拝堂は私と村の村長さんなど主だった人でいっぱいになり、親衛隊は外で警備だった。

 礼拝堂前の広場で、村の子供達の踊りの奉納を最前列で鑑賞する。みなかわいい顔をしている。大人たちは顔に深いしわを刻んでいる人が多いのは、ここローゼンタールの気候が厳しいことを示している。そこで懸命に生きる人々のすがたに感動を覚えた。


 昼前に早くも出発になった。申し訳ない気持ちで支度していると、野営地に村人たちが押し寄せてきた。

「聖女様、これ、食べてください。みなさんの分もありますから」

 お弁当の包である。私達は適当に携行食料で済ますつもりでいたから驚いた。

「殿下、村のものですのでお口に合うかわかりませんが」

「ありがとう、お昼にいただきます。みなさんとお食事をご一緒できなくて残念でしたが、これでローゼンタールのものをいただけます」

 ステファンは本当にうれしそうにしている。

 さらには村人たちが、私達一行のそれぞれになにがしか渡している。挙句の果てに勝手に馬車の中にいろいろと押し込んでいる。おそらく収穫祭のために用意したお菓子などだろう。

「あの、皆さんの分が無くなってしまわないですか?」

 私はそう聞いたのだが、村のおばちゃんたちは、

「聖女様と皆さんに食べてもらったほうがいいですから。子どもたちの分はとってありますし」

と笑ってくれる。

「ありがとうございます。また、また、必ず来ますから」

「はい、待ってます。聖女様、天気が悪くなる前に、早く行かんと」

「はい、ありがとうございます」


 村人総出で見送ってくれた。心の底からまた来ようと思いながら、ローゼンタールを後にした。


 曇り空の下、峠への道を急ぐ。重い馬車は先行させているからか、思ったより隊列は速くすすんだ。


 峠ではフローラとケネスたちが待っていた。馬を休ませるため、気持ちは急いでいるのだが遅い昼食休憩にする。村人たちは先発組用に多めにお弁当を用意してくれていたので、全員に行き渡った。

 お弁当の内容は、村で焼いたパン、野菜、ハム、そして名産のチーズであった。パンの硬さからすると、今朝焼いてくれたのだと思う。みんなおいしい、おいしいと言って食べている。お弁当のすみには酸っぱいベリーが入っていて、みんな面白い顔をしている。さらに口の周りに色がついて、みんなで笑いあった。


 短い昼食のあと、先発隊を合流させて峠から下る。先発隊をそのまま先に峠から先に行かせなかったのには理由がある。先発隊の主な荷物は幕営の道具である。もし先発隊と離れているときに悪天に巻き込まれたら、野営の道具がそろわない状態で夜を越すことになりかねない。だから部隊を分けるのは避けたのだ。ただその分、下りの速度はあまりあがらない。


 そして海の見える幕営地に着くかつかないかというタイミングで、雨が降り始めた。風も出てさむい。私も含め全員で設営する。雪になるかもしれないので、この旅で初めて馬用のテントを出した。

 馬用のテントは、簡単に言えば私達用のテントを大きくしたものだ。大きいだけに設営は大変だし雪が積もると倒れる危険があるから普段は使わない。先の戦争で、寒冷時の馬の消耗を抑えるため開発された。戦争中に試用され、何回かの改良をしてやっと夏から配備が始まった。それを今回重い思いをしても持ってきたのだ。

 見ていると冷たい雨のせいか、どの馬も素直にテントに入っていく。私もいれてもらうと、馬の体温でかなりあたたかい。匂いを別とすれば、緊急時はこのテントに入っている方がいいのかもしれない。


「聖女様、お食事の時間です」

「はーい、ありがとう」

 馬たちに挨拶して、本部テントに移る。


 もうあたりは真っ暗で、野営のための明かりと雨にもまけずに焚かれた焚き火だけが人間の活動を示している。馬のテントから本部テントまでの僅かな移動だけでも、冷たい雨のせいで体が冷える。寒いからつい小走りになるが、テントの張り綱に足を取られないよう気をつける。第三騎士団で行った最初の野営訓練でテントの張り綱で転び、そのせいでテントを傾けてしまったことを思い出した。顔まで汚れるし、テントの中の人から怒鳴られるしでさんざんだった。


 本部テントに入ると、あたたかかった。メガネだったら一発でくもってしまう暖かさだ。

「聖女様どうしたの、笑ってるよ」

 ステファンが問いかけてくる。

「昔初めて野営訓練したときね……」

と、張り綱での失敗を話した。みんな楽しそうに聞いてくれたが、ひとりだけ表情がこわばった人がいた。

「申し訳ありません、それ、怒鳴ったの多分私です……」

 そのように謝ってきたのは、いつもは凛々しく私の副官として小言も言ってくれるレギーナだった。そしてみんなで大笑いした。

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