第75話 天気の不安
ご遺族の訪問を終えて幕営地にもどると、ローゼンタールの村長が緊張した顔つきで待っていた。ヴェローニカ様も難しい顔をしている。
「聖女様、お初にお目にかかります。村長のゲハルトと申します。遠いこんな村までお越しいただきありがとうございます」
「こちらこそ、大勢で押しかけてしまい、ご迷惑をおかけいたします」
「とんでもないです。聖女様、聖女様は率直な話の方をお好みとお聞きしています」
「そうですね、なにか問題が発生しているのでしょうか」
「問題というかなんというか、明日の収穫祭ですが、途中でお帰りいただけないでしょうか」
なんか追い出されるような感じだ。
「どういうことでしょうか」
「はい、天気です」
なるほど、もうその先は聞かなくてもわかった。村の人達は天候が崩れることを確信しているのだろう。そして北の果てのこの土地で秋に悪天に巻き込まれれば、峠は雪が降り通行不能になるのだろう。ただ、私の推測よりも地元の人の話のほうが信頼性が高い。
「村長様、明日の天気の予想はどのようにされているのでしょうか?」
「はい、おそらく明日の夜辺りから雨になり、雪になるかもしれません」
「私達は明後日の午後にこちらを出て峠を越える予定でしたが、危険だということですね」
「そうです、このあたりは雨でも、この時期なら峠のあたりは間違いなく雪です。新雪のついた峠は、時間がとてもかかるでしょう」
「なるほど」
まだ卵だったルドルフに出会ったとき、新雪の斜面を、登るにも下るにも苦労したことを思い出した。
私達の予定は、このローゼンタールに2泊である。中一日が収穫祭だ。ローゼンタールを出たら今日越えてきた峠をもどり、今朝の幕営地に一泊。そのあと山の向こう側を南下し、次の収穫祭へ向かう。
「もっと怖いのは、一度晴れたあとにもう一度降る場合です。そのときはもっと冷たい雨が降り、ぐっと寒くなります」
もう完全にわかった。村長さんの予想する最悪のケースは、明日の夜から明後日の朝にかけて温暖前線が通過し、そのあとの晴れ間で出発すると、峠を超えている最中に寒冷前線に襲われるということだ。山登り経験のあるフローラを見ると、怖い顔をしてうなずいている。
決断した。
「ヴェローニカ様、村長様の仰るとおりにするのが良いと思います」
するとヴェローニカ様も村長さんも表情が明るくなった。ヴェローニカ様は念を押すように、
「聖女様、そうなると今朝出た幕営地で悪天に耐えることになりますが」
わかっている。おそらくそこで1日動けなくなるだろう。
「そこで雨または雪で2泊ほどすることになりますが、食料、あと馬は大丈夫ですか?」
私の問いかけにヴェローニカ様は、
「大丈夫です。数日耐えられるだけの用意はしております」
と答える。おそらくヴェローニカ様は私と同じようなことをすべて考え、検討済みだったはずだ。
「では、その方向で行きましょう。村長様、ありがとうございます。助かりました」
村長さんは、この国のナンバー2である聖女、さらには第二王子、騎士団のトップクラスの行動に意見をつけたのだ。相当言いにくいことだったに違いない。ここは率直な意見に対する感謝を明確にしておいた。
「村長様、お祭りのへの参加予定の調整が必要ですね、フローラ、村長様と打ち合わせをしてください。ヴェローニカ様、部隊への指示もお願いします。ネリス、マルスはヴェローニカ様を手伝って。ケネスは、フローラね」
決断してしまうと、それぞれがそれぞれの仕事に走っていく。私はやることがなくなり、記録をつける。村長さんが私達の安全を第一にしてくれたのには感謝しかなく、公式の記録にも残しておく。残念なのは、この地の名物を堪能しきれないことだ。きっとここでも明日のために、私達のために美味しいものを用意してくれている。それが口にできないのは残念だし、第一、用意してくれた人に申し訳ない。チーズとか? きのこ類とか? それともベリー類?
真っ暗になってしばらくたち、仲間たちが帰ってきた。いろいろと報告があるだろうから夕食は本部テントで摂ることにする。
見上げた空に星は少なかった。
朝目が覚めてテントから顔を出すと、曇天である。もしかすると時間との戦いになるかもしれない。昨日私の提案で、荷の重い馬車については朝から先行して峠に上げることにしていた。荷物の重い馬車が足を引っ張ることのないようにである。ただ、峠のてっぺんで待たしておいて、西の空を観測してもらうことにしていた。西から暗雲が近づいてきたら、狼煙で知らせることになっている。狼煙があがった時点で私はすべての日程を打ち切り、移動を開始する作戦である。狼煙係にはケネスが志願してくれた。登山経験のあるフローラも同行する。
朝食後、テント類をすべて撤収し、いつでも出発できる体制を整えた。もちろんケネス率いる先発隊はすぐに出発してもらう。
「フローラ、ケネス、危ないと思ったら早めに狼煙をおねがい。はやすぎるくらいでちょうどいい」
私はそう言って送り出した。別に二人の判断に疑問を持っているわけではない。そうではなく、すべての責任が私にあることを明確にしておいただけだ。
「うん、まかせて」
「天気は僕達にまかせて、聖女様は神事をしっかりね」
「おいしそうなものは、ちゃんと買っとくから」
私の言葉に、フローラとケネスだけでなく、先発隊の他のメンバーも笑ってくれた。