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第73話 旅の一日

 ラーボエの祭りの翌朝、私達は次の収穫祭開催地へと移動を開始した。次の開催地は山間の集落、ローゼンタールだ。海に沿って一日進み、海べりで一泊。そこから峠を超えてローゼンタール入りの予定だ。

 今までは男子、女子で別れていた馬車だが、今日は私とステファンにネリーで1台、ヘレン、ネリス、ケネス、マルスで1台にした。これはマルスが言い出したことだ。マルスに言わせれば、私はまだまだ本調子でなく、ステファンと一緒のほうが安心だとの意見だった。他のみんなも賛同してくれたので、私はみんなの好意に甘えさせてもらうことにした。


 ラーボエの街を出て、海べりの道を進む。浜と道の間は背の低い草が生えているだけで、この地の気候が厳しいことを教えてくれる。海と反対側の景色も、背の低い樹木が生えているだけだ。ノルトラントは北国だが、この地域はその中でも特に冬が厳しい地域だということがよくわかる。

「ラーボエの人たちは、今日から冬支度なんだろうね」

 ステファンが呟くように言う。

「塩気の効いた麺類を食べたくなる風だね」

 ステファンの言葉に、私は笑ってしまう。おそらくステファンはラーメンを食べたくなっているのだろう。ネリーの手前、ラーメンという単語は出せないので、

「ステファンも、くいしんぼになっちゃったね」

と言ったら、

「アンが食べるのみてたら、その幸せを僕も味あわないのは損だと思うんだよね」

と言われた。

 私はそんなに食事を楽しんでいるのだろうか?

 第三者の意見が聞きたくてネリーを見たら、

「殿下のおっしゃるとおりです」

と言われてしまった。ネリーはさらに、

「ラーボエの人たちに、いろいろといただきましたよ。お腹が空いたら、お教えくださいね」

と言う。さすがにまだお腹が空いていないので、一応遠慮しておく。


 今日はひたすら移動である。何もできないので、景色を見たり、会話したり、うたた寝したりですごす。ネリーはやたらとお菓子をすすめたり、お茶をすすめたりしてくる。私はふと思いついて、

「ネリー、仕事がなくて、困っているんじゃないですか」

と聞いてみた。

「おっしゃるとおりです」

と、困ったように答えられた。時間つぶしに、ネリーの今までの仕事ぶりを聞かせてもらう。

 お昼の休憩では、ネリーは馬車を飛び降りるように出て行った。仕事ができるのがうれしいのだろう。私はステファンに、

「ネリーもかなりのワーカホリックだね」

と言ったら、大笑いされた。


 浜に焚き火を焚く。以前の旅人の焚き火の跡があったので、それを利用させてもらう。昼食はほぼお弁当で、お湯を沸かす程度なので大きな焚き火はいらない。

 ステファンは馬車の中をぱっぱと掃いて、ゴミを集める。そしてそれを焚き火に放り込んでいる。

「いつの間にそんなの覚えたの?」

 王子らしからぬ振る舞いに質問したら、

「ラーボエまでの移動でマルスがやってた」

とのこと。勤勉なマルスと、そのような雑事をよろこんでやるステファンに心が暖かくなる。ふと思いついて、

「フィリップにはそう言うの、無理そうだね」

と言ったら、これまた大笑いしていた。

 ただ、明くんとのぞみが本格的に付き合うようになったのは、明くんの部屋の片付けをてつだったのがきっかけだという話だから、フィリップの片付け下手もそう悪い話ではないのかもしれない。

「ステファンは、中等学校ではフィリップと同室だったんでしょう? 実際のところどうだったの?」

「まあ、想像におまかせするよ」

「ヘレンはいないから、気を使わなくても大丈夫よ」

「いやあ、あいつもいずれは国内で重要なポジションに付く男だろうから、少しでも悪い話は出ないほうがいいんじゃない?」

「それって、事実上片付けとか掃除とか、全然ダメだって言ってるよね」

「ヤバ」


 お弁当のおかずは、かなり濃い味付けの焼き魚だった。冷たくても美味しく食べられるためだろう。横浜の有名な駅弁に入っている魚を思い出した。だれかが思いついてチーズを焚き火で炙る。お弁当のおかずの魚を温める人もいた。私は苦手なものは食事の序盤戦で食べてしまう派なので、それについては失敗だった。


 午後は陽が西に回り、海からの反射が眩しくなった。ステファンは「眩しい、参った」を連発している。

「だけどさ、もしかしたら海に沈む夕日見れるんじゃない」

と言ったら、ステファンよりもネリーが喜んだ。


 日がかなり傾いてきた頃、幕営地に到着した。海から一段あがったところで、多少海が荒れても大丈夫らしい。今夜も幸い天気は大丈夫そうだ。それでも教科書通り、テントの周りには溝を掘る。今日も私のテントの張り綱を引っ張るのは、私、ステファン、ネリー、そしてヴェローニカ様だった。


 昼と異なり焚き火は大きいし、三箇所もつくった。一つは私のテントの近くである。私達の暖房とお湯を沸かしたりする程度なので、これは小さい。

「奥様お食事は、こちらでお摂りになりますか、それともテントに入られますか?」

 ネリーの問いかけに、

「ここでいただきたいのだけど、大丈夫かな?」

と、フローラに聞いてみる。フローラによると、今日は大きな打ち合わせをしなくても大丈夫だとのことなので、焚き火を囲んでの食事とする。


 遠い夕焼けに、ポツポツと雲が見える。


 焚き火をステファンをはじめとして仲間たちと囲んで食べる夕食はおいしい。打ち合わせはちょこっと、あとはくだらない話に終止した。


 すっかり暗くなったところでテントに入る。国王陛下にお手紙を書き、今日の私的な記録もつけておく。そして今夜もステファンに呼ばれ、新星を見てから寝た。


 明日は迫ってきた山を越える。

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