第71話 ダウン
休息のため教会にもどる。私はかなり疲れを覚えていたが、必死に姿勢を正してあるく。ここで疲れた姿をみせたら、ミンナちゃんたちがなんと言われてしまうかわからない。それもあってすれ違う人にはとにかく笑顔をふりまく。
その道すがらまた、マルスに買い出しを頼む。
「お昼ごはん用意されてるんじゃないですかね」
「いや、消耗が激しいから」
半分本当、半分嘘である。単純に甘いものが食べたい。あと肉も食べたい。ここラーボエは漁業で成り立っているから、出される料理は魚介類が主力にどうしてもなる。もちろんありがたくいただくが、肉も食べたいのだ。マルスは半信半疑といった雰囲気であったが、その割合がそのまま私の本心の割合を言い当てているとは夢にも思うまい。
教会の一角に座り込むと、マルスが飴細工を買ってきた。マルスは私にそれを渡すと素早くまた外に行った。楓みたいな葉の形を模したものでなかなかかわいい。でも今は糖分を補給するのにとにかく舐める。
飴がなくなること、マルスは今度は肉の串焼きを持ってきた。
「マルス、ネリス、ありがとう」
さすがは私の後輩マルスは私の好みがよくわかっている。最初に飴細工だけを買ってきて、つぎに肉の串焼きをワザワザ買いに言ってくれた。暖かく美味しい。マルスはネリスのパートナーだから、こき使ってしまったのでネリスにもお礼を言っておいた。
念の為申し上げると、ステファンは完璧に、そう完璧に私の好みを把握している。しかし王子という立場が立場なので買い出しに行けないだけだ。
今日の予定は昼食、昼食後は昨日と同じように観劇から演芸大会、夕刻からは盛大に焚き火をするらしい。街の人は焚き火を囲んで飲み歌い、踊り語り明かす。そしてまた明日からの生活にもどるとのことだ。私としては観劇・演芸大会はひととおり見させていただき、焚き火の点火式まで参加の予定だ。
ただここで体力的に不安がでてきた。フローラとネリスが口々に言う。
「聖女様、あんた頑張りすぎ」
「ワシもそう思う」
「そうかな」
親友二人は怖い顔をしている。そしてヴェローニカ様も頷いている。
意を決したようにステファンが発言した。
「アン、とっても残念だろうけど、午後は寝ていたほうがいいと思う。焚き火の点火式だけ出席して、あとは失礼させてもらったほうがいい」
「だけど」
「この調子じゃ倒れちゃうよ」
「うーん、街のひとに悪いし」
「それは僕がかわりに主賓席に座っているよ。ヴェローニカ殿にもいてもらえれば、国からの参加者としては充分だよ」
「でもね、私が疲れているなんて言っちゃったら、ミンナちゃんとかに迷惑かからないかな」
すると珍しくケネスが発言した。
「聖女様は戦死者のためのお祈りをしているとしておけばいいよ」
「それうそじゃん」
「寝て、目覚めたらお祈りしてよ。お祈りにも体力いるんでしょ」
「うん、アン、ケネスの言う通りだ。今日は休みなよ」
ステファンが決断してしまった。
「わかった、ステファン、ごめんね。みんなごめんね」
「アン、気にしなくていいよ。ヴェローニカ殿、アンのかわりに観劇はおねがいできないでしょうか。ぼくももちろん出席しますが、女性がいらしたほうがよろしいかと」
「承知しました。フローラとネリスは、聖女様についていられたらいいでしょう」
「フローラ、ネリス、頼むよ」
そう言うわけで私は、昼食も省略して野営地にもどされた。
野営地のテントにもどると、中に干された大量の洗濯物が私を迎えた。祭りの最中だから外には干せない。だからなかなか乾かないのでやむをえず、そうなっている。もちろん女4人分、たいした分量だ。これをステファンに見られるのは流石に恥ずかしい。今回の旅で初めてステファンと別行動で良かったと思った。
「あマルスにこれは見せられんな」
ネリスも同じ感想のようだ。
テント内の寝床にへたり込むと、外でケネスとマルスの声がした。
「めしだぞ~」
気の抜けたケネスの声に、なんだか癒やされる。食事を持ってきてきてたのが、単純にうれしい。
「悪いけど、あんたらここで帰って」
「なんで? 殿下から様子見てくるように言われてんだけど」
「聖女様はだいじょうぶ。あと、あんたらもそうだろうけど、中洗濯物だらけ」
「あ、ごめん」
足音が遠ざかって行った。
冬が近づいているとは言え、閉め切られたテント内は少し暑い。
「奥様、お楽な服装にお着替えください」
ネリーが寝巻きへの着替えをすすめてくれた。そして着替え終わったところで、食べやすいものだけ選んでいただく。食べ終わったところで、ネリーにすすめられるまま横にならせてもらった。
疲れてはいるが、頭の中に色々なことがぐるぐる回る。最初の訪問地でダウンしてしまった。いろいろな人に心配をかけているだろう。心配をかけるだけならまだしも、善良な人々だ。私に悪いことをしたと考えてしまう人もいるかも知れない。それでは私の訪問は本末転倒になってしまう。
我ながら情けなく、ちょっと涙が出た。