第70話 感染症治療
有能なネリスとマルスは両手に山程食べ物を持って帰ってきた。親衛隊誰かが呼んでくれたのだろう、ヴェローニカ様もやってきた。
「聖女様、美味しそうなものから食べな。力をつけないと」
フローラが言ってくれたので、遠慮なくいただく。私がもぐもぐしている横で、フローラはヴェローニカ様、ネリス、マルスに状況を説明している。私は最初に食べた焼き肉の串が美味しかったので、すっと3人の手に握らせる。おもしろいことにこの3人は、礼も言わず、患者の住居への移動計画、警備、その他各種連絡など打ち合わせている。3人共軍務経験があるというより現役だから、こういうのには慣れている。私は2つ目を食べながら、まわりのスタッフたちにも食べ物を配って行った。
牧師の奥様エヴェリンさんがやってきた。
「なにか皆様、緊急事態に慣れていますね」
「ええ、私達みな、騎士団に所属していますから」
戦争のことは口にしないでおく。
「それにしても聖女様自ら食べ物をお配りになるなんて」
エヴェリンさんは飲み物を配っている。
「今は私が一番手すきですから。これでみんなが元気に仕事してくれたら、安いものです」
あっという間に食べ物は各自の胃袋に消えた。打ち合わせも終わったらしいし、私も食べ物から充分にエネルギーを得た。みんなが私を見ている。
「行きましょう」
「ハッ!」
道案内のため、お孫さんが感染症のおばあさんはマルスがおんぶした。その先導で道を急ぐ。お祭りで浮かれた人たちが、私たちのものものしい雰囲気に道を開ける。私のまわりを親衛隊を中心に護衛の騎士たちがガッチリと固めているからだ。ふつうだったら街の人々と交流すべきでこのようなのは望ましくない。しかし今は治療のため急いでいる。
マルスの横で歩くネリスが問いかける。
「おばあさん、お孫さんのお名前は?」
「ミンナですじゃ」
私は歩きながらでも、ちょっとは効果があることを期待してお祈りする。
ミンナの家は街の外れにあり、かなり傷んでいた。家に入ると、お母さんらしき人が看病していた。街はお祭りだが、お母さんはやつれている。そしてミンナは汗をかき、赤い顔をしていた。
「聖女様、どうかミンナをお救いいただけないでしょうか」
お母さんは私にすがりつくように言った。
「とにかく診てみましょう」
まず折れたという左足を見せてもらう。膝の下が真っ赤に腫れ上がり、みるからに痛そうだ。縫ったあとがあり、その処理自体はキレイだが、とにかく腫れてしまっている。そしてその縫い目から、液が染み出している。ここまで見る限り、治療時に感染したように見える。そのほか全身状態も探ったが、ほかに怪我とか病気はないようだ。
「遅くなりました聖女様、治療した医師のピットと申します」
「ピット先生、ミンナちゃんが苦しそうなので先に治療させてもらいます。詳しいことはそのあと説明いたします」
「はい、どうかお願いいたします」
少し会話しただけだが、初老のピット医師は誠実そうに思えた。
ステファンを呼んだ。
「手を繋いでくれないかな」
「いいけど、なんで?」
私はステファンにだけ聞こえるよう、口をステファンの耳に近づけていった。
「今まで魔法を使うときはいつも、ステファンの事考えてた。ステファンが力をくれるの」
「そ、そうか」
ステファンは顔を赤くして手を繋いでくれた。
左手をステファンにつなぎ、右手を患部にかざした。そして祈る。
気がついたらステファンに支えられていた。ミンナちゃんは起き上がって私を見ている。さっきまで熱でうなされていた子が元気に起き上がっている。
私はまた暴走していたようだ。ミンナちゃんは元気になったが私はぐったりしていた。病人だったはずのミンナちゃんは、椅子に座らせられていた私のところまで来た。
「聖女様、大丈夫?」
「うん、だいじょうぶよ。ちょっと疲れただけ」
「ほんとに?」
ミンナちゃんは4才くらいだろうか。可愛い盛りだ。この命が救えて良かったと思う。
「聖女様、どうしたら元気になるの?」
「ちょっと休めば大丈夫だよ」
ステファンがミンナちゃんになにか渡した。
「これをね、聖女様のお口に入れてあげると、聖女様は元気になるよ」
「うん」
ミンナちゃんは、私の口になにか押し込んだ。
甘い。あめちゃんだ。甘みがしみて、確かに元気が出てくる。
「わーい、聖女様が元気になった。おにいちゃんありがとう!」
ミンナちゃんがステファンに抱きつき、ステファンも嬉しそうにしている。
それをほんのちょっぴり不満に思いながら見ていたら、フローラの声がした。
「聖女様、幼女相手に嫉妬しない」
苦笑いしてしまう。
そしてミンナちゃんのお母さんが私の前に跪いた。私は人に跪かれるような人物ではない(今も幼女に嫉妬)が、神様に与えられた力は正しく使わなければならない。今日、お母さんはいるがお父さんの姿はない。おそらく何らかの理由で一人で育てているのだろう。明らかに生活は貧しく、母子ともに栄養状態がよくない。子育てに蓄えも体力も奪われ、ミンナちゃんの怪我でさらにお金がかかり悪循環に陥ってしまったのだろう。今少しのお金を与えるのはいいと思うが、継続的に金銭面で彼女たちを支えるのは良いことと思えない。人はやはり、自力で生きるべきだからだ。彼女の頭に手をかざし、さっきもらったあめちゃんの分くらいは彼女に力を送る。病人でないからそれで充分だろう。
「聖女様」
ミンナちゃんのお母さんが呼びかけてきた。
「なんだか、元気が出てきました。お祭りのあと、また仕事に出れそうです」
「そうですか、無理はしないでください。あなたの健康がミンナちゃんの健康に直結していますから」
「はい、気をつけます」
「なにかまた問題が起きたら、教会に行ってください。私まで連絡がくるようにしておきますから」
多分このお母さんは、無駄に教会に頼ることはない。今まですべて自力でなんとかしようとして、うまく行かなかったのだろう。自立して生きていこうとしているこの女性の生き方は素晴らしいと思う。
ネリスは来てもらった医師を捕まえ、今回の炎症の原因、それを防ぐためのポーションの使用法を教えていた。医師はちょっと渋い顔をしていた。私がポーションの供給量について中央では検討中であることを伝えると、表情があかるくなった。戦場に優先的にポーションを供給した影響が、こんなところに出ていた。その意味では、ミンナちゃんもこの医師も戦争に参加していたようなものだ。
お家を出て振り返ると、ミンナちゃんとお母さんが見送っていた。
「お祭りに参加されても大丈夫ですよ」
とだけ、言っておいた。