第68話 二つ名
収穫祭当日、私達が最初に向かったのは漁港である。漁港に着くと、一艘の漁船が飾り立てられていた。ザロモンさんが説明してくれる。
「このシルビア号がラーボエで一番古い漁船です」
ラーボエの主な収穫は海からもたらされる。その海と人間の間にあるのは船だ。その船に感謝することから祭りが始まるのだ。導かれるまま船にあがると、ふるさは歴然としているもののとてもよく手入れされている。他の船もおなじように、しっかり整備されているに違いない。
祭壇は舵輪の前に作られていた。魚や海藻といっしょにお酒、果物、お菓子がお供えされている。
私は跪き、祈り始めた。
シルビア号、今まで船員を守り、ラーボエに富をもたらしてくれてありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
ふとシルビア号が海の上を突き進む姿を想像してしまった。
あなたは空を飛ぶルドルフのように、海の上を飛ぶのね。
お祈りを続ける私の耳に、人々のどよめきが伝わった。
目を開け見上げると、ルドルフがシルビア号上をぐるぐる回りながら飛んでいる。
「ルドルフー! ありがとー!」
「ウォオーン!」
ルドルフは飛び去った。
気がつけば周りの町民たちは皆、私に向かって跪いていた。またやってしまった。ルドルフを呼んでしまった。
「龍使いの聖女様じゃ」
誰かの声が聞こえた。
「龍使いの聖女様」
「龍使いの聖女様」
ついに二つ名ができてしまった。
「あの、皆さんお楽に」
予定ではここでのお祈りが終われば、私の出番は昼まで無く、食べ歩きしたり食べ歩きしたりすればよいはずだ。
「みなさん、お腹がお空きの方もいらっしゃるでしょう。私もいただきたいですわ。屋台をどなたかご案内いただけませんか」
私が食いしん坊であることがバレるのは時間の問題なので、食欲を理由にこの場を離脱する作戦だ。
「では聖女様、なにかお望みのものがあればここまでお持ちしますが」
それではここから移動できない。
「いえいえ、売っているところを見させていただきたいですわ」
魚介類が苦手な私は、なんとしても自分で食べるものを選びたかった。
「では、ご案内いたします」
ギュンター町長が先導してくれた。
船から降りて少し歩くと、港の広場を囲むように屋台が並んでいた。
心拍数が上がる。
ギュンター町長のおすすめは、魚の串焼きだった。一匹まるごと串に焼いてあるのではなく、大きな魚の切り身が串に刺されて焼かれているのだった。
「聖女様のお口にあえばと思うのですが、塗ってあるタレはこのあたり独特のものです」
町長の合図で、屋台のおばさんは焼きたてと思われるのを一つ私にくれた。
礼を言って、一口かぶりつく。
「おいしいです」
本当だった。なにか香草がまぜられているのか臭みがまったくなく、すなおに魚肉の味が楽しめた。私は周りの仲間達にも勧めた。みな口々においしいと言う。
つづいて勧められたのは、小さい団子状のものが2つ串刺しになっていて、表面が茶色い砂糖でコーティングされている。一口かじったら、ドーナッツの生地を揚げて黒砂糖の蜜につけたものとわかる。とてもとても美味しい。
しかし糖分のおかげで気付くことができた。このお菓子は高い。この茶色い砂糖は南国から輸入されたものにちがいなく、金額も高ければ数も少ない。私とネリスの胃袋にかかると、子どもたちの分が無くなる。
「ステファン、これ、おいしいよ」
私は一本のくしから1個だけ食べ、もう一つはステファンに譲った。
「うん、おいしいね。一本に2個というのがいいね。大事な人と分けて食べるのが楽しいね」
うーん、ステファンはあまりにもいいことを言い過ぎる。惚れ直してしまう。
これで二人で一本ずつ食べれば、子どもたちの分は確実にのこるだろう。念の為に付け加えておこう。
「大人は二人で一本でいいけれど、育ち盛りの子は遠慮しないで食べてほしいものです」
ネリスは「ワシは育ち盛りじゃ」と言っていたが、マルスにとめられていた。
ヴェローニカ様は「聖女様のおかげで、私は食べられなくなった。ミハエル殿下は今ここにいらっしゃらないからな」と恨まれた。
そのほかいくつか食べたところで、もう食べ切れなくなってきた。一旦教会にもどって、休憩させてもらうことになった。
教会の礼拝室は、まだ空いていた。祭壇にお祈りをして、空いている席に座らせてもらう。
「ステファン、今はまだ空いてるけどね、午後になると子どもたちが遊んだり、酔っぱらいが寝てたりするようになるよ」
「そうか、じゃ、今のうちがチャンスだね」
私は背もたれによりかかり、おしりの両側に手をついた。ように見せかけて、片手はステファンの手を探った。私の手がステファンの足にあたり、その手をステファンは握ってきた。
祭りの音楽とか喧騒とかが聞こえてくる。そしてその音が、私をとても平和な気持ちにしてくれる。
「来てよかったね」
ステファンが言ってくる。
「うん、よかった」
「アン、幸せかい?」
「うん、幸せ」
「なら、ラーボエの人たちも幸せになるな」
私は目を閉じ、ステファンの手を握ったまま神様へ感謝し、この街の繁栄を祈った。