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第67話 噂の源

 ドロに癒やされた私は元気を取り戻せた。今夜からこの町ラーボエには3泊する。ただし宿泊はまたも野営である。ラーボエは小規模な町であり、我々一行を受け入れる余力はない。教会の牧師さんは教会に泊まってほしいと申し出てくれたが、警備の人員まで泊まらせると教会の機能が完全に停止するのは目に見えていた。牧師の娘だから祭りのとき、教会がいかなる役目を持つかわかっている。

 ベルムバッハでは祭りのとき、教会はほぼなにもしなかった。父は牧師として、いつもどおりの仕事をし、祭りで神に捧げる祈りのときだけ出向いていった。教会の中はいつもどおりなので、飲みすぎた酔っぱらい、食べすぎた奥さんたち、はしゃぎ疲れた子どもたちの休憩にちょうどよかった。

 私達一行が教会を占拠すれば、その休憩所が無くなってしまう。それに対して町外れの空き地に宿営地を作ってしまっても町に迷惑はかけない。私の仕事である礼拝、打ち合わせ、会食、そのために町まで歩いて行っても、移動距離はたいしたことはない。


 私もステファンも手伝ってテントを立てたら、フローラが「下着を出せ」と言った。洗濯するのだそう。

「自分でやるよ」

と言ったのだが、「そんな場所はない」と却下された。水場の面積の問題らしい。フローラはネリスだけでなく、ネリーの下着まで持っていった。仕方がないので手紙を書いた。両親宛と陛下ご夫妻宛である。手紙はこまめに書いておいたほうがいいだろう。

 そのうちフローラが戻ってきて、夕刻近いので洗濯物は天幕内に干すのを手伝った。完全に男子にはみせられない室内となった。


 夕食は町に出向いて町長をはじめとした町の主だった人たちとの会食となった。

 きっと最高の料理を出してくれたのだと思う。ただ、ラーボエは漁港を中心として発展してきた町。当然提供されるものは魚介類中心。魚介類が苦手な私は、もちろんすべて食べたのだが、味わう余裕はまったくなく、会話に集中した。

 漁師の代表ザロモンさんは言う。

「聖女様、わしは申し訳なく思ってるのです。わしらは魚や貝とか、日持ちのしないものをとっとります。だから戦地になにも送ることができませんでした」

「とんでもないです、みなさんのとったお魚を食べて、騎士ペーターは育ったのでしょう。ラーボエからは今年も騎士見習いの方が入団したと聞いております。そもそも皆さんにお納めいただいている税で騎士団は運営できているんですから、感謝しております」

 するとステファンが口を挟んだ。

「この煮魚おいしいです。これが保存食になれば」

 ステファンはそう言いながらネリスの方を見た。なぜネリス?と思った。


 食卓がシーンとした。


 私の後ろから、ネリーの小さな声がした。

「聖女様、お顔が」

 やばい、嫉妬のスイッチが入っていた。

 ステファンが続ける。

「食べ物が腐ることについて、ネリスは聖女様と女学校で調べていたんだよね」

「は、はい、そうでござる」

 ネリスの口調に私は吹き出し、みんなが笑った。


 そしてザロモンさんは言った。

「それにしても聖女様とステファン殿下は、たいへんに仲が良いのですね」

 顔が赤くなるが、それにヴェローニカ様が追い打ちをかけた。

「そうなんです。ご存知かと思いますが私先日ミハエル殿下と婚約いたしましたが、次は聖女様かと思いますよ」

「ほう」

「私の婚約も、聖女様のおかげなのです。聖女様には早くおしあわせになっていただかないと」

「聖女様のおかげと」

「そうなのです」

 ヴェローニカ様の方を見ると、不敵な笑顔をしている。私はその後の話が想像ついた。

「聖女様はですな、国王陛下の前で三十女はとっとと結婚して子どもを作れとおっしゃいまして」

「ヴェローニカ様、私はそのような表現はしておりませんが」

「お言葉はともかく、ご発言の中身はそうでした」

「あの、そのようなお話、ここでなさらなくても」

「人の口に戸は立てられないですからな、いずれ噂になるでしょう」

 噂になるとしたら、それはヴェローニカ様自身が言いふらすからだろう。


 国王陛下にミハエル殿下とヴェローニカ様の婚約を進言した後、ヴェローニカ様には「おぼえてろよ」と言われた。私はそのことをうかつにも忘れていた。


 会食後私達は幕営地にもどったのだが、ネリスだけ瓶詰めの作成指導のため残された。私も立ち会おうと言ったのだが、帰って寝るよう言われた。少しごねると懇願された。その意図はわかっている。私がいると例の効果で失敗するとでもいいたいのだろう。

 ネリスは新星が見える時間になってももどってこなかった。


 収穫祭の朝が来た。今日明日と祭りに参加し、何回かお祈りもする予定だ。だから私にとっては仕事だが、やっぱり心が浮き立つ。ただネリスは寝惚け顔であり、今朝のランニングは省略された。瓶詰め作業をかなり遅くまでやっていたそうだ。その事自体はご苦労なことだと思うけど、昨日私の参加を拒否したことは忘れていない。私は慈愛に満ち溢れた聖女なので、マルスをわざわざ呼んで、ネリスをサポートするようたのんだ。するとマルスは、

「はいわかりました。屋台の串焼きでも口に突っ込んでおけば、元気になると思います。聖女様と同じですから」

と言った。言っていることは完全に正しいが、余計なことまで言うなと思った。

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