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第66話 次代聖女

 外に出ると、すべてが夜露でしっとりとしていた。ネリーが雨具を用意してくれたのに感謝する。野営地にはもちろん何箇所か焚き火が焚かれているので、それが目に入らないよう、天幕が光を遮ってくれる場所を探す。

 目が慣れてくると満天の星だ。星の位置からすると新星はまだ地平線下で、もう少ししないと見えてこないようだ。暗がりの中、騎士や親衛隊が警護のため私達を囲んでいるのがわかる。


 ヴェローニカ様が近くに来た。

「聖女様と星を見るのは、初めてですね」

 そう言われれば、長い付き合いの中で初めてだ。うまいことが思いつかず、陛下の話をすることにした。

「陛下のおっしゃるとおり、ヴェローニカ様にとって吉兆となる新星をご一緒にみることができるのは、光栄なことです」

「聖女様も、お話が上手になりましたね」

 口調からすると、褒めているのではないようだ。ただ単に親しい人との気軽な会話に感じる。

「いやいや、私は本当に思っていることしか言わないですよ」

「それは知ってます」

 まわりのみんなから小さく笑い声が聞こえる。


「聖女様、あたたかいものはいかがですか」

 ネリーが飲み物を持ってきてくれた。

「ありがとう」

と言って、一口だけ飲む。甘くておいしい。

「ごめんなさい、私だけ先にいただいてしまって」


 これについては説明が必要だろう。

 お行儀の良い私としては、飲み物は全員に行き渡ってから飲み始めたいものだ。しかしそんなことをすると、最後の方の人は私を待たせて恐縮してしまうかもしれない。さらに待つことにより飲み物が冷めてしまったら、私に温まってほしいと飲み物を用意してくれた人の気持ちに申し訳ない。

 だからあつあつのうちにいただいて、私が行儀が悪いことにしてしまうのがベストなのだ。


「アン、見えた!」

 東の空の低く、遠くの木立の間に新星を見つけたのは、今夜もステファンが最初だった。

「あれですか」

 誰かが言うのが聞こえる。

 私は周りの星と比較して、明るさが変化していないか検討していた。

「うーん」

 ステファンも同じなのだろう、唸り声を出している。私とステファンは直接観測はしていないので、光度変化はよくわからない。我慢できずに私は聞いた。

「ネリス、どう? 明るさ、変化してる?」

「まだ光度が低いのでちらつきが大きく、わからん」

「フローラ、どう?」

「私もわかんない! あせんないで!」

 ケネスの笑い声と同時に、マルスが言ってきた。

「聖女様、ここは慣れている僕達に任せてもらって、そろそろ寝たらいいんじゃないですかね」

「え~」

「聖女様、気が散る。ハウス!」


 私はフローラに追っ払われ、しょんぼりと天幕に帰った。ステファンも帰らされた。


 天幕では、ネリーを手伝ってフローラとネリスの寝床を作った。

「聖女様、そのようなことは……」

「ごめんなさい、仲間なの、やらせて」

「わかりましたが奥様、背中に石とかいれちゃだめですよ」

「その手があったか」

「あの、フローラ様が仰っていた『ハウス』ってどういう意味でしょうか」

 私は口ごもった。


 なんか和んでしまい、すぐに寝てしまった。フローラとネリスが帰ってきたのもわからなかった。


 翌日は墓参が3個所、やっぱり草原での野営であった。少し雲がでてしまったが、私は新星を見てから寝た。


 そして3日目、昼前に最初の収穫祭の地ラーボエについた。漁港を中心とした町である。ラーボエからも戦死者が出ていたので、町長さんにお会いする前にご遺族にお会いすることにしていた。


 馬車の外からヴェローニカ様のお声がした。

「聖女様、ラーボエの町長ギュンターが来ております。ご遺族の住居に案内するそうです」

 とりあえず私は、町長に会うことにした。


 馬車をおりて隊列の前方へ向かうと、初老の男性が待っていた。よく日焼けし、顔の皺は深い。海面の紫外線反射を長期にわたって受け続けてきた顔だろう。

「ようこそいらっしゃいました、聖女様」

「町長様、お出迎えいただきありがとうございます」

「いえ、戦死したペーターは私の甥でして」

「それはお気の毒でした。あの日は激戦でした」

 ペーターは騎士見習いでヘルムスベルクに配置されていた。まだ実戦に不慣れなうちにあのヘルムスベルク防衛戦に巻き込まれ、命を落としてしまった。戦死したことで、騎士に特進していた。

「あの日、聖女様は城壁に立たれ、戦に参加なされたとお聞きしておりますが」

「はい、少しでも皆さんのお役にたちたくて」

「そうですか、甥が聖女様とともに戦えたこと、光栄です」

「いえ、そんな」


 ペーターの生家には祭壇が作られていた。そこに見覚えのあるものがあった。

「聖女様からお手紙までいただきまして、ありがとうございます」

 お母様が説明してくれた。私からの手紙が御神体のごとく祀られてしまっているが、とにかくお祈りを捧げる。というよりも私はあの夜のことがフラッシュバックしそうで、冷や汗をかいていた。


 精神状態が危うくなりかけた私を助けてくれたのは、ペーターの妹ドロだった。5歳だという。

「聖女様、聖女様」

と言って、私だけでなく、フローラやネリスにもまとわりついた。ドロには3人共聖女に見えたのだろう。

「私も聖女様になる。どうしたらいいの?」

 ネリスはしゃがんで視線を合わせ、

「しっかり勉強するのじゃぞ」

と言っていた。

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