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第65話 夜ふかし

 最初の収穫祭開催地へ向かう旅は、二泊とも野営になる。墓参を優先しているので、たまたま都市を経由できなかった。私達一行は多くは騎士団員なので、野営は訓練を積んでいる。警備もむしろ、まわりに何にもないからやりやすい。ただ、ついてきてもらったネリーは女官だから、ちょっと大変かもしれない。

「ネリー、2泊も野営になってしまって申し訳ありません。私も騎士としての訓練を受けていますから、なにかあったら言ってください。お手伝いしますから」

「何を仰っているんですか奥様、私は野営を楽しみにしているんですよ。そうですよねぇ、殿下」

 あれ?

「アン、僕もネリーも野営したことないからさ、夜空の下で食事して、風呂も入らず寝て、どうなることか楽しみなんだよ」

 はい?

「まあともかく僕は不便そのものを楽しむくらいの気持ちだよ、なあネリー」

「そうですそうです、自然に直接触れながら寝る、素晴らしいじゃないですか」

「野営経験のあるアンが羨ましいって、ネリーと話していたんだよ」

「そうです、殿下とお話しておりました」

 いったいいつ、どこでこの二人はそんな話をしていたのか? 謎である。とにかく心配したり同情したりするだけ損だということはわかった。


 予定の幕営地につくと、先行偵察していた騎士たちによって、作業が始められていた。

 ヴェローニカ様の命令が飛ぶ。

「警戒担当の者は予定通り警戒位置につけ! 残りの者は設営作業を始めよ!」


 私はどうせ止められるのはわかっていたけれど、せめて自分の天幕を張るのを手伝うことにした。

 さりげなーく馬車を降り、さりげなーく自分の天幕のあたりに移動する。

 まずグランドシートという、床にあたる布が地面に広げられ、その周りに溝が掘られる。これがないと雨が降ったとき、天幕内に水が侵入する。騎士団の天幕は日本では家型テントといわれているもので、両端にそれぞれ1本ずつ支柱を立てる。支柱はそれぞれ2本ずつのロープで引っ張って立てられる。グランドシートの上に天幕本体が載せられ、ポールをセットしてロープで引っ張る。ロープ1本につき1人ずつついて同時に引っ張れば手っ取り早く立てることができる。さりげなーくそのロープのひとつを手に取り顔を上げたら驚いた。残り3本は、ヴェローニカ様、ステファン、ネリーが手にしていた。

 四人の間に冷たい視線の応酬が起きた。そしてヴェローニカ様の号令で、私の天幕は立てられた。


 色んな場所に有る紐を結んでいたら、フローラ、ヘレン、ケネス、マルスがやってきた。

「あれ、もうテント立ってる」

「ありゃ、聖女様にやらせてしまったのか、すまんのう」

 四人が荷物を入れるのを手伝ってくれ、ネリーは内部の整理をしてくれた。ヴェローニカ様はと言えば、知らないうちに離脱していた。


 私にはわかっていた。ステファンとネリーは野営が楽しみでたまらず、自然と手が動いていたのだろう。ネリーは珍しくもそのせいで私が作業に参加しているのに気づかなかった。ヴェローニカ様は日頃のデスクワークや各種交渉に飽き飽きしていて、体を動かす作業をしたかったにちがいない。

 フローラたちや親衛隊は本部テントの設営に集中していた。兵力の分散は愚策、選択と集中が勝利への必須条件だ。本部テントを先に立てて指揮系統を確立するのは当然と言える。

 そういうわけで、私やステファンがテントの設営に参加していたことは何も注意されなかった。


 あっという間に日が落ちた。夕食は本部テントで幹部たちと摂る。うちあわせを兼ねている。大きな問題もなく、各自のテントに解散になった。


 私のテントは4人、私、フローラ、ネリス、ネリーである。

「聖女様、明日も早いよ、とっとと寝よう」

 フローラはつれない。

「ヤダ、久しぶりのキャンプよ。まだ寝ない。寝れない」

 こういうわがままをを注意するのは通常ネリーだが、ネリーは珍しく何も言わない。それをいいことに私はネリーに注文した。

「なんでもいいのですが、ハーブティーをいただけないかしら。白湯でもいいのですが、4人分」

「少々お待ちくださいませ、奥様」


 少しして、ネリーが人数分のハーブティーを持ってきた。

「ありがとう」

 私は傍らのかばんから、トレプスでもらったチーズ、次の訪問地でもらったお菓子を出した。

「せっかくいただいたのですから、みんなでいただきましょう」

「うん、いただいたのなら、美味しいうちに食べちゃわないとね」

 そう言って最初に手を伸ばしたのは、夜更かしに反対したフローラだったので、思わず笑ってしまった。

 私の笑いを見てネリスは、

「よかった。聖女様がつらい思いをしていたんじゃないかと心配していたんじゃ」

と言う。

「ご遺族を前につらくないわけじゃないけど、生き残った私達が元気じゃないとね」

 ネリーの淹れてくれたハーブティーとお菓子は、口の中でなかなか良い調和で混ざりあった。


 少し眠くなってきた頃、天幕の外から声がした。

「アン、起きてるかい。新星を見ようよ」

「うん、行く!」

 さっきは寝ようとしていたフローラも、いそいそと外へ出る支度を始めた。

「ネリー、ごめんね」

「奥様はそうなさると思っていましたので」

 ネリーは雨具を出してきた。

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