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第64話 最初の墓参

 新星は出現から10日ほどで減光を始めた。といってもまだ僅かである。秋分すこし前には離宮から収穫祭めぐりに出発しなければならない。第三騎士団から来た応援を得て、当面離宮からの観測体制は整えることができた。


 いよいよ出発の日が来た。ステファンの護衛のため、近衛騎士団から増員があった。私の護衛はいつもの親衛隊8人である。また、私やステファンの身の回りのことの支援のため、ネリーも一緒に来てくれることになった。

 ヘレンとフィリップが王都に残るため仲間は私を含め6名、それにネリー、護衛の人々、輸送のための人もいるので総勢40名ほどになった。どえらいことになってしまった。


 同行する人員が全員離宮の中庭に集められた。私とステファンは台に上げられ挨拶をすることになった。早朝であるが、同行しない人も手空きの人が集まってくれた。皆もう、すっかり親しい顔である。


「お集まりいただきありがとうございます」

 私は話を始めた。

「今回の旅は皆さんご存知の通り、先の戦争で亡くなられた方のお墓参りと、ご遺族をお慰めし、できれば力添えをすることが最大の目的です。そしてこの夏の収穫に感謝し、国民が幸せな暮らしが送れるよう各地の神様にお願いするのも大きな目的です」

 皆その気持は同じらしく、引き締まった表情をしている。差し込み始めた日光が眩しい。

「例年行われてこなかった旅ですから、同行される皆さんにはいろいろとご負担をお掛けすると思います。みなさんご健康を第一にお願いいたします。また、離宮でお仕事に励まれる皆さんも同様です。私たちがこちらにお邪魔してから、いろいろとご負担をおかけしてきたと思いますし、終わっていないお願いしたお仕事もあると思います。皆さんには申し訳ありませんが、いずれ国民のためになるお仕事です。ただ、無理をして、私が戻ってまいりました際、回復魔法を使いまくることの無いよう、お願いいたします」

 なんとか一つ、冗談を入れてスピーチを終えることができた。


 続いてステファンも話す。

「始めに皆さんにお礼を言いたい。私は生まれつき体が弱く、寝込む日も多かったが、この離宮では毎日元気に過ごすことができた。こんなに長期にわたり、健康であったことは記憶にない。離宮の皆さんや、護衛としてついてきてくれた騎士団の皆さんの支援の賜物だと確信している。ただ、私は第二王子という権力に遠い位置にいるので、何の報奨も出せないことを心苦しく思う」

 ステファンも冗談を入れている。

「そしてお願いなのだが、聖女様を含め、僕達は若く経験も不足している。至らぬ点には助言を、間違っていることには諫言をどうかお願いしたい。やっぱり第二王子なので、それによる罰や降格処分などあり得ないことを約束する」

 一同の顔に笑顔が見える。


 最後にヴェローニカ様が話す。

「皆のもの、聖女様、ステファン殿下のお二人共、このように寛大なお方だ。であるから各自、その場その場で最善と思える行動をせよ。たとえそれが間違いだったとしても、その責任は諸君になく、私ヴェローニカにある。もう一度言う、最善を尽くせ。では出発する。かかれ!」


 出発する騎士たちが駆け出し、離宮の表門前へと移動する。そのあとを私達は歩いてついていく。私も駆けて行きたくなるが、立場上そうも行かない。出発するばかりになったところで、私が馬車に乗るのだ。親衛隊の面々は私のまわりを固めて同じスピードで歩いてくれる。

 そして私が馬車に乗り、扉を閉めるとヴェローニカ様の号令が聞こえる。

 私は窓から離宮の人々に手を振った。


 旅立ちというものは見送る人とか見慣れた土地が見えているうちは後ろ髪引かれるものだが、そういったものが見えなくなってしまえばかえってせいせいするものである。車窓に流れる景色を見ながら、早くも私は行く先々への期待が大きくなった。


 最初の収穫祭は、我が国ノルトラントの北端の町である。3日の移動で到着する予定だ。北ほど早く冬が訪れるので、収穫祭は概ね北の地域から始まりだんだんと開催地が南下していく。全部を回ることなど望むべくもないが可能な限り訪問したい。訪問先選定の優先基準は、先の戦争での戦死者の出身地を優先した。今回の旅では、戦死者の出身地の近くを通過してしまうことだけはないように慎重に日程を決めた。今日も墓参が2箇所有る。


 昼近くまでヴァイスヴァルトの森が続いた。そして突然視界が明るくなり、草原に入った。遠くに牛らしき姿も見える。今日の最初の訪問地は、酪農の村トレプスだ。ご遺族に失礼の無いよう、戦死者の情報のメモを見る。

 戦死者のマリウスは、残念ながら面識がなかった。ノイエフォルトの下級兵士で、戦争の序盤、砦の外壁を登ってきた魔物と格闘になり、相打ちになったとメモにはある。ご遺体は損壊がひどい状態でヘルムスベルクに送られてきた。ご遺体をきれいにするため、あまり効果はなかったが魔法をかけたことを思い出した。お墓はヘルムスブルクに有るが、ご遺髪と身の回りのものがご家族にもどされたともメモにはあった。


 村に入ると、家の数から考えると村中総出な感じの人数で出迎えてくれた。子どもたちが手を振ってくれている。墓参であるから控えめな笑顔で小さく手を振る。教会前の広場は故郷を思い出させる。

 馬車を降りると、村長さん、牧師さんが出迎えてくれる。

「お出迎えありがとうございます。あの、ご遺族は」

「こちらです」

 引き合わされたマリウスのご両親は、思ったよりご高齢に見えた。

 そのお顔を見た瞬間、何も考えることができなくなり、頬に涙が伝わるのだけ自覚された。


 どれだけご両親の前で立ち尽くしていたかわからない。気がつけばご両親が私の前に跪いていた。

「申し訳ありません、取り乱してしまって。どうか、お立ちになってください」

 やってしまった。またも感情に流され、みなさんに迷惑をかけてしまった。

「聖女様、息子はお国のために逝ったんです。私らは満足です」

 そうおっしゃるお父様の目にも光るものがあった。

「聖女様、マリウスが好きだった、この村のチーズを食べて、ご休憩ください」

 お母様もそうおっしゃるので、導かれるまま広場に置かれたテーブルについた。


 チーズを一口いただく。おいしい。ワインが飲みたくなる。

「とっても美味しいです」

 私より先に感想を述べてしまったのは、ステファンだった。村人たちの顔がぱっと明るくなる。

 さらに子どもたちが、摘んだ花とか野イチゴとかを持ってくる。


 私には戦争について責任がある。戦争を始めた責任は無いが、部隊の配置や作戦に口を出してきた。だから亡くなった方に責任がある。法的責任はなくても少なくとも気持ちの上で責任がある。その私がこのように歓待されてよいのか。


 考えていることがモロに顔に出る私のクセが、今日に関しては良い方に出た。マリウスのお母様がやってきておっしゃった。

「先ほど主人が言ったように、私達は息子の働きに満足しています。そりゃあさみしくないわけではありません。でも、こうして今、村のみんなが笑っていられるのは、マリウスたち兵士が命を賭けたおかげでしょう」

「でも、私は安全なところにいて……」

「いやいや聖女様、みな知っておりますよ。聖女様もお怪我をなさったとか」

「まあそれはたまたま……」

「そうです。たまたまです。マリウスもたまたま運の悪い場所にいたのでしょう」

 もう何も言えなかった。

「失礼ですが聖女様といえども、国民みんなを救うことはできません。だけど聖女様はより多くの人が幸せになるようお仕事されているんでしょう。どうか王子殿下と一緒に、国民のためがんばってください」

「は、はい」

 慰めるための来訪で、私が慰められてしまった。


 最初の訪問はこうして終わった。レギーナたちは時間を気にしていたが、農民に細かい時間を要求してもしかたがない。天候や家畜にふりまわされて生きている彼らに、厳密な時間管理の感覚はない。田舎育ちの私にはよくわかる。旅人の私達の方で調整するしか無い。


 そんなことを考えながら馬車の外を眺めていたら、ふと気がついた。

 マリウスのお母様は、「王子殿下と一緒に」がんばれと言ってくれた。

 私とステファンの関係は、公表されていない。

「ネリー、マリウスさんのお母様は、どうして私とステファンのこと、ご存知だったんでしょう?」

「見ればわかるということではないですか」

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