第63話 科学者の血
泊まった王宮を朝に出て、第三騎士団に行く前に女学校へ立ち寄る。ステファンとフィリップも同行する。
「女学校かぁ、一回見たかったんだよなぁ」
フィリップの言葉に、ヘレンの機嫌が悪くなる。私も「言い直せ」と念話?を送る。
「ヘレンの母校だもんなぁ」
危なかった。
新学年になるまでもう少し日がある母校は、生徒の数が少なかった。天気が良かったので中庭を突っ切ったのだが、私達一行の姿をみかけた生徒から、黄色い声があがる。あれは「聖女」に向けられたものでも先輩ヘレンに向けられたものでもなく、ステファンとフィリップに向けられたものだろう。気持ちはわかる。ただ、ここでステファンが目尻でも下げようものなら、私は聖女の立場を忘れる自信がある。ヘレンはというと、怖くて言えない。
校長室でアレクサンドラ先生は待っていた。ステファンとフィリップに挨拶したあと、
「お元気そうね、でもあなたたちの算術の授業、しばらくできないの、残念だわ」
と仰った。
「申し訳ありません、ただ、お仕事がありまして。冬以降に特別授業でできないでしょうか」
「まあそうなるでしょうね。でもこのままではだめですよ。聖女様の算術は、いずれ必修科目にしたいと考えておりますから」
この一言で、各方面に迷惑をかけても女学校に寄った甲斐があったと思った。
ステファンが言う。
「残念なのですが、予定が詰まっています。時間さえあれば、聖女様の学校時代のことを伺いたいのですが」
ステファンが珍しく、私のことを聖女「様」と言う。公的な場では身分上、仕方がない。前世なら露骨に不機嫌になるところだ。
「殿下、むしろ私がお話したいところです。まあいろいろとありましたから」
「でしょうね。中等学校でも噂になっていましたから」
「そうでしょう、そうでしょう。実は私も、男子の中等学校は神童がお二人、こちらは四人でしたから、つい中等学校の校長と会うと自慢してしまって」
なんと衝撃の事実である。
以前、中等学校で私達の噂が流れているのをフィリップが話していたが、その情報源の一つが女学校のアレクサンドラ校長だったのだ。
ついでに言うとフィリップが目を輝かせている。そしてその横で渋い顔をしているヘレンに気づいていない。今日私は第三騎士団に行ったあと王都を離れる。一方フィリップとヘレンは悪いけどまだ王都に残ってもらう。フィリップとヘレンが二人っきりになったとき、フィリップの腿とか脇腹とか痣だらけになってしまうかもしれない。しらんけど。
第三騎士団でのうちあわせは、今観測要員として借り受けている新入団員についてから始めた。観測は観測で重要だが、本務である騎士団員としての訓練が大幅に遅れてしまう。これについては、騎士団から新たに5人ほど離宮に来てもらい、彼女たちに観測訓練を行うことにした。
「聖女様、ちょっとよろしいでしょうか」
ヴェローニカ様が事務的な打ち合わせをする私と副官のソニアの間に割り込んだ。
「新星をはじめ天体の観測ですが、秋以降はどこでなさろうとお考えですか」
ノープランだった私は、言葉を失った。とりあえず観測機材をつくり、観測場所を含む観測体制については、まだ検討中だったからだ。人材育成を第一に考えると、都心にあるから星は見にくいが中等学校乃至女学校に施設を作ろうかと考えていたのだ。
「第三騎士団内に、観測所を置かれてはどうですか? 聖女様にも便利でしょうし、算術に優れた者も多いですが」
「そうですね、ですが将来的に観測は、文官または技官に任せるのがよいかと思いますが」
「私もそう思います。当面は武官、女子大の卒業生を中心に、文官を採用していくのがよろしいかと」
ヴェローニカ様は嬉しいことを言ってくれる。
「更にですね聖女様、第三騎士団内であれば夜間でも安全ですし、なにより王都の郊外ですから夜は暗いですぞ」
「そ、そうですね。反対ではありませんが、この調子だと天体観測は女性の仕事になりそうですね」
「多くの仕事は男性が先にやってそのあと女性が進出するものですが、その逆があっても良いと思いますが」
「なるほど」
「ということで、事前準備が必要でしょう。聖女様なら第三騎士団内のことはよくご存知ですから、どこの観測台をたてるとか、必要な指示をお願いします」
ステファンが口を挟む。
「陛下には私から、お話しておきましょう」
「ありがとうございます」
今度はフィリップが口を挟む。
「離宮の観測台は殿下が指揮して作りました。殿下のご意見もあるかと思うのですが、そのためには殿下に第三騎士団内を御覧頂いたほうが良いかと思うのですが」
これにはヘレンが反応した。
「それなら、殿下だけ見学されたらいいでしょう。女性だけの騎士団ですから」
フィリップが「あ」と言う顔をした。そして付け加えた。
「そっか~、残念だなぁ~。ヘレンの育ったところ見たかったんだけど、まあしかたないか」
フィリップを見つめるヘレンの視線は、冷たかった。
ヘレンの許可が出て、フィリップはステファンにくっついて第三騎士団の見学をした。そのあと第三騎士団を出るとき、離宮に直行する私とステファン、王都にもどるヘレンとフィリップと別々の馬車に別れた。私としては親友の心の平安を願いつつ、未来の配偶者の親友の身の安全をも願った。内出血の箇所が10箇所くらいなら、フィリップは我慢すべきだろう。もちろん頼まれても治療などしてやらない。なんだったらフィリップの内出血に対し、治療禁止令を出してもいい。馬車の中でその辺のことをステファンに言ったら、
「あいつは頭はいいんだけどなぁ。そのへんのことは体で覚えるしか無いだろうね」
と、笑っていた。
夕刻、離宮にもどった。王都から戻ると、離宮のあたりは秋に入りつつあるのがわかる。日もかなり短くなってきた。
真っ暗になる前に、王都で決めてきたことの概略をみんなに伝える。
夜更け、新星を見にステファンと屋上にあがる。
たった2晩見なかっただけなのに、とっても申し訳ない気がした。それをステファンに伝えたら、
「それが科学者の血だろう。僕も同じだよ」
と言われた。