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第62話 宰相夫妻

 宮廷から下がった私達は聖女室に向かった。警護が大げさになるので、ステファンは断腸の思いで宮廷に置いてきた。かわりにヴェローニカ様がついてきた。


 聖女室に着くとジャンヌ様がお待ちだった。

「ジャンヌ様、昨日はご挨拶もできず、失礼いたしました」

 するとジャンヌ様は微笑み、

「聖女様、お間違いです。そのセリフは、私が申し上げるものです」

と仰った。どこまで冗談なのか、全く不明である。

 マリアンヌ様もやってきて、挨拶してくれた。

「聖女様の本日のご予定は、まず武官長様はじめ、騎士団長様方と打ち合わせしていただきます。収穫祭めぐりの日程の調整ですね」

「はい」

「午前中いっぱい、打ち合わせにお使いください。その後こちらでお食事いただいて、午後は教会と中央病院をご視察ください」

「はい」

「夕刻よりまた宮廷に上がっていただき、今夜もそちらでご宿泊……」

「はい!」

 食い気味、いや完全に食って返事してしまった。

「明日は第三騎士団をご視察いただき、そのまま離宮にお帰りいただきます」

 明日のステファンの予定はどうなっているのだろう。

「申し遅れました、明日は朝からずっと、ステファン殿下がご同行されます」

「はい!」


 向こうでジャンヌ様がヘレンをつかまえて小声で話している。

「聖女様は相変わらず、分かりやすいですね」

「聞こえてます」


 それから私は、マリアンヌ様の指示通り、打ち合わせをし、視察をしと忙しく過ごした。忙しい中、なにか忘れている気がしていた。中央病院を見て回ったところで、私はヘレンに聞いてみた。

「なんか大事なこと忘れている気がするんだよね」

「女学校じゃない?」

「そうだ、挨拶だけでもしとかないと」

「急に予定変えると、方方に迷惑かけるよ」

「じゃあ、連絡しとかないと」

「わかった。なんとかする」

「いつも悪いね」

「ほんと、マジでいつもだよ」

 突然ヴェローニカ様が言った。

「では私が行ってこよう」

 ヴェローニカ様の後ろ姿を呆然と見送っていると、ヘレンに言われた。

「ほんと、なんとかしてよね」

「はい、申し訳ありません」

 

 昨日と同じく、夕食前にドレスに着替える。今夜はヘレンと同じ部屋で着替える。今夜の私はグリーン、ヘレンは淡いピンクである。

「私、その色怖いわ」

と、ヘレンに言ってしまった。

「なんでよ」

「食べこぼししたら、目立ちそう」

「うわ、あんたのせいで、今夜料理に集中できない」

「あ、ごめん。私と違ってヘレンはあんまりこぼさないと思うよ」

「あんまり?」

「え、いや、全然」

「うむ、よし」


 やがてステファンとフィリップの二人が現れた。ステファンはさすが王子で目の保養になる。

「アン、今日もキレイだよ」

「ありがと」

 するとヘレンのフィリップに対する文句が聞こえる。

「あんたもそれくらい言えないのかね」


 今夜の夕食は昨日の出席者に加え、宰相アルベルト様ご夫妻もご出席だった。食堂の前室でミハエル殿下から紹介される。

「聖女様、宰相のアルベルトだ。そしてアルベルトの奥方エレンだよ」

「アルベルト様、エレン様、アンでございます。ご挨拶が遅れ、申し訳ありません」

「とんでもない、女学校卒業以来、飛び回ってお仕事されてましたから。フィリップ殿が戦時中、経済対策に助言してもらって助かりました。聖女様は有能なスタッフを揃えてらっしゃる」

「私より優秀です。その優秀な一人、ヘレンを紹介させていただきます」

「フィリップ殿からお噂はかねがね伺っております。ヘレンさん、家内はフィリップ殿のファンなので、気をつけてください」

「は、はい」

 困るヘレンを見るのは新鮮で、楽しかった。


 やがて国王陛下ご夫妻が到着され、食堂に移動した。


 前菜はきのこのテリーヌ、昨日の野菜のポタージュも美味しかったが、こちらも秋を迎える喜びを現している。ヨアヒムさんの料理もおいしいが、いい勝負だ。


 私はふと不安になった。こんな美味しい料理を二晩続けて食べて、離宮のフローラ、ケネス、ネリス、マルスに恨まれるのではないだろうか。つい、

「離宮組は、今頃どうしてるかしら」

と呟いてしまった。すると国王陛下が、

「アン、安心せよ。昨日も今日も、離宮でも同じものを出すようヨアヒムに申し付けてある」

などと仰った。ステファンがこらえきれないように横を向いて笑っている。動揺した私は、しょうもない質問をしてしまった。

「陛下、どうして陛下は私の気持ちをそう正確におわかりなのでしょう」

「そんなもの、ステファンとフィリップから聞いたからにきまっておろう」

 とりあえず私は、男子二人を交互に睨みつけておいた。


 本格的に食事が始まると、アルベルト様とエレン様の話題は、フィリップとヘレンのことに集中した。

「陛下、戦争中は、フィリップ殿にずいぶんと助けられました。経済の状況をきちんと計算して予測してくれて、先手先手を打てましたから」

「そうか」

 エレン様は、

「それでたまにアルベルトは家に返ってくると、フィリップ殿のことを褒めまくるんですの。息子に見習えって」

とおっしゃる。

「ですからフィリップ殿、余裕ができてからでいいですから、我が家にもぜひ来ていただきたいわ」

「は、はい、よろこんで」

 フィリップは褒められすぎて、困っているようだ。先程困っていたヘレンがざまあみろ、っていう顔をしていた。

「ヘレンさん、娘もいるんですが、アルベルトの話を聞いてフィリップ殿を気にしているみたいなんですの。あなたも一緒にいらっしゃらないと、娘にとられてしまうわよ」

「は、はい」

「冗談よ、娘は来年女学校にあがるの。先輩としてお話していただきたいわ。聖女様も」

 私はヘレンを助けるつもりで話に加わった。

「収穫祭巡りがおわりましたら、私も一緒に伺わせていただいてよろしいですか?」

「聖女様に来ていただけるなんて、光栄です」


 私にはわかる。

 頭でっかちになりがちな私は、政治とは距離をとりたがっている。しかし聖女の仕事はそれでは成り立たない。陛下は宰相のアルベルト様を宰相でなく、人として私に紹介し、すこしずつなじませようとしてくれている。


 冬になれば政治家たちとのつきあいも増えてくるだろう。少し憂鬱になった。

 ヴェローニカ様と目が合うと、フフンと笑われた気がした。

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