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第56話 諫言

 明確に日暮れが早くなってきた。朝夕の気温の低下も大きくなり、秋がもうすぐそこまで来ていることが実感される。木々の葉の緑も、鮮やかさを失い始めた気がする。

 森は少し物悲しい雰囲気を醸し出しつつある。夏の度合いを数値化できるとすれば、それが飽和し日々ほぼ変化のない中に身を浸すのも好きだが、数値が刻々と変化し、その変化を知覚するのもまた楽しい。

 ただ、今年の夏は終わって欲しくなかった。ステファンとべったりと過ごせる日々が終わってしまうからなのは言うまでもない。それはステファンも同じようで、時折横顔に暗いものがみえた。


 私にはそれを口に出す度胸はない。


 新星は連夜の観測で位置は移動せず、光度はごくゆっくりと減少傾向にあることがわかった。予定では離宮の滞在は夏の間だけなのだが、とてもその期間に観測が終われそうにない。

 もともとの予定では、離宮の滞在期間が終わったら一旦王都にもどり、秋分の直前に収穫祭巡りに出発する予定だった。私としてはその王都滞在期間をなしにして、離宮でぎりぎりまで観測をつづけ、収穫祭には離宮から直接出発できないか,

国王陛下にお願いする手紙を書いた。まだその可否のお手紙は来ない。フィリップの伝書鳩魔法では、私の提案に陛下は渋い顔をなさったそうだ。ただ、ステファンの収穫祭巡りについては、陛下のお気持ちとしては問題なく、受け入れ体制や警護などの調整にかかっているらしい。

 私としては、警護などがっちりされている私の近くに居れば問題ないし、受け入れだって、なんだったら同室に泊まればいいとさえ思う。その私の気持を見抜いているフィリップは「聖女様をステファンと同じ部屋に泊まらせると危険だから」などとわざわざ伝書鳩を使って言ってきやがった。カッと来て言葉遣いが乱れてしまう。

 

 もうこうなったらいっそのこと婚約すらすっ飛ばして一気に結婚してしまおうかと思い、昼食時にみんなに相談した。

「どう思う?」

 そう聞く私に、一同反応が鈍かった。ステファンすらニコニコしているだけで、何も言ってくれない。イラッとした私は、自分の意見を繰り返した。

「私とステファンが離れるのが良くないならば、結婚してなんの問題がある? この世界十代の結婚なんて珍しくもないし、ましてステファンは王族だよ。全然問題ないじゃん。そうすりゃ秋の収穫祭巡りだって新婚旅行を兼ねてということで、同じ部屋に泊まるのも天下公認だよ」

 やっとフローラが反応した。

「いやね、聖女様の気持ちはわかるよ。私が同じ立場だったら同じ考えになると思うよ。だけど冷静に考えれば、殿下は王子じゃん。諸外国との関係もあるから、婚約発表からきちんと時間をおいて結婚式にしないと」

「外国なんてどうでもいいし、式もいらない」

「あのさ、王室の結婚式だよ。大事な外交の場じゃん」

 ぶんむくれる私に、今度はネリスが発言する。

「聖女様、あんまり結婚を急ぐと、良からぬ想像をする輩が出るぞよ」

「なによ、良からぬ想像って」

「そりゃもう男女のことじゃ、妊娠とか」

「私は別にいいよ、今からでも」

 するとステファンが、

「いや、流石にまずいだろう」

と言った。

「なによ、どうせ私は色気もないしチンチクリンよ」

「そうじゃなくて、当代の聖女はふしだらだとかなんとか言われちゃうよ」

「そんなの私気にしない」


 食堂は静かになってしまった。

 

 ちょっと間があって、給仕に来ていたネリーがすっと私の斜め後ろに立って発言した。

「聖女様、聖女様がお気になさらずとも、私達が気にします。殿下や聖女様にお仕えしている私達に、恥をかかすおつもりですか?」

 口調は優しかったが、私は冷水を頭からかけられた気がした。

 

 言葉を失う私に、ネリーは話を続けた。

「聖女様がステファン殿下を心の底からご心配され、ご心配のあまりご自身のことを顧みずのお言葉であることは、ネリーは承知しております。ですが」

 ネリーは一呼吸おいて言葉を続けた。

「ですが聖女様をご支援する、多くの方々のお顔に泥を塗ることになりかねません。この先も聖女様には必要な方々からご信頼をお失いにならないよう、どうか、今しばらくご忍耐ください」

 そこまでネリーは話して、

「では私は、お暇をいただきます。お世話になりました」

と言って、静かに部屋を出ていった。


 私は考えるまでもなく、ネリーの言葉の意味はよくわかったし、そのようにする覚悟もできた。大変ありがたい言葉だった。ネリーの立場で聖女の言動に諫言するなど、よくよくのことであっただろう。それだけ先程の私の状態は酷かったに違いない。

 

 ネリーは「お暇」と言った。「お世話になりました」とも言った。まずい。

 

 私は席を立ち走った。

 

 離宮に務めるネリーは優秀だった。痒いところに手が届くのではなく、痒くなる前に先手を打っているタイプだ。勉強に必要な筆記具などはすでに整えられているし、飲み物など頼む前から用意されている。飲んで初めて飲み物が用意されていることに気づくレベルだ。話し相手にもなってくれた。愚痴も聞いてくれたし、意見もくれた。そんな彼女を私のせいで失職させるわけにはいかない。いや、ネリーならすぐに次の仕事は見つかるだろうが、私が手放したくない。王室の損失になる。

 

 女官の私室でネリーの部屋を探し当てると、想像通りネリーはカバンに私物を詰め込んでいる最中だった。


 私はネリーになんと言って詫び、退職しようとするネリーをどう引き止めたのか覚えていない。

 気がつけば私は、ネリーにすがって泣いていた。ネリーは私をやさしく抱いていてくれた。

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