第55話 新たな参加者
新星を発見した夜は、当然ながらなかなか寝付けなかった。ネリスは監視のつもりか私のベッドの横に椅子を持ってきた。私は手を伸ばして、ネリスの膝に手をおいた。お礼のつもりだ。ネリスは私の手の上に手を重ねた。
気がつくとネリスは椅子にいて、口の端からよだれを垂らしていた。手近のちり紙でそれをそっと拭いたのだが、ネリスを起こしてしまった。
「ああ、寝ていたか」
「おこしちゃったね、ごめん」
「もう明るいのう」
「あ、フィリップとヘレン、出ちゃったかな?」
「ワシ、見てくる。聖女様は着替えたら?」
「うん、そうする」
ちょっとでネリスが戻ってきたが、残念なことにヘレンとフィリップはもう出発していた。
悪いことしたかなと思っていたら、ネリーがやってきた。
「湯浴みはいかかですか」
と言ってくれたので、ネリスを誘った。
私もネリスも眠くて、いつものようにふざける余裕がなかった。
朝食をとりながら、打ち合わせを行う。
ステファンが発言する。
「アン、朝イチの仕事として、フローラとケネスが測定したのをまとめてくれないかな。新星の位置と明るさだね。時間変化しているかもしれないし」
「わかった」
私がやる気満々で答えると、ステファンは笑った。
「あのさ、科学的意義も大きいけれど、政治的意味もあるんだよ」
「?」
「新星という現象をさ、聖女様が正確に把握しているという情報は、国民に安心を与えるだろう」
「わかった。まかせて」
「それで、毎朝、早馬で王都に情報を流そう」
「じゃあ、いつもの事務仕事は、そのあとね」
「そうだね」
私からも提案がある。
「フローラ、ネリス、ケネス、マルス、昼夜逆転生活、してくれないかな」
「よいが、観測じゃな」
「うん、そのために、四人には昼寝してほしい。新入団員の教育は、私とステファンでなんとかなると思う」
「わかった」
四人とも頷いてくれた。
「四人とも徹夜したらダメよ。スケジュールは任せるから、交代で休んでね」
「聖女様じゃあるまいし、大丈夫じゃ」
食堂に笑いが満ちた。
その他はなるべくいままでどおり、ということになった。
早速新星の観測結果の検討に入った。
昨晩担当したフローラとケネスが、観測結果を説明してくれた。
「これがスケッチ。周りの星との位置関係の概略」
「正確な数値は?」
「こっちね」
四分儀を用いた、もともとあった恒星の方位・高度情報に加え、新星の数値もある。時間を変え、何回も測っている。
「何回も測定しているのは、運動していないことを示すため?」
「うん、一応未発見の惑星、彗星の可能性もあるからね」
私は生のデータから観測時刻ごとの星の位置関係を図にしていった。何枚かの紙を重ね、太陽の光に透かしてみると、新星のまわりの構成に対する相対的位置は変化していないように見える。
「少なくとも昨晩は、運動していないように見える」
私がそう言うとケネスは、
「一晩の観測では決めつけるのは危険だね。報告の表現には気をつけないといけなそうだね」
と言ってくれた。
「うん、気をつけるわ」
マルスも発言した。
「明るさは、変化しているようでしたか?」
ケネスの答えは、
「昨日の段階では、変化しているようには見えなかった。というより、明るさを決定する方法を早急に決める必要があるんじゃないかな」
だった。それもそうである。
「周りの星との比較しか無いだろうな」
とは、ステファンの意見である。
「スケッチ上にある周りのいくつかの星と比べて、明るい・暗いを判定して、それを翌朝まとめるのがいいだろうね」
私は一応指摘しておく。
「人による思い込みの誤差はどうする? 一旦どっちのほうが明るい、暗いと判定してしまうと、その後もその印象を引きずる可能性があるような気がするけれど」
ステファンの答えは明快だった。
「事前の測定結果をしらない複数の人にやってもらうのがいいだろう。何人にも新星の明るさを周りの星と比較してもらえば、誤差は抑え込めるんじゃないかな」
「それって素人の方がいい?」
「ある意味思い込みがない分、いいかもね」
昼食が終わると、ネリスたちは「おやすみ~」と言って、寝室へ行った。ネリスと一緒に寝るのはヘレンではなくフローラだから、余計なことはしないですぐ寝るだろう。ケネスとマルスは知らない。
新入団員を率いて工房へ行くと、職人さんたちが興奮気味に待っていた。
「聖女様、新しい星の話、聞きました!」
職人頭のフランツさんが話しかけてきた。
「みなさんの測定機器をつかって、フローラが新星の位置を正確に測っています。昨晩の観測結果は、先程王都へ送りました。今後も観測を続け、毎日王都へ観測結果を報告する予定です」
「そうですか、それで新しい星の観測ですが、私達もお手伝いしたいのですが」
「歓迎いたしますわ、ただ、睡眠不足にお気をつけください」
そしてヤニックさんも話しかけてきた。
「聖女様、観測の様子を記録して構わないでしょうか」
「ええ、もちろんよ」
私は単純に職人さんたちの参加を喜んだ。