第54話 強制連行
夜遅くもう寝ようかと思う頃、東の空低くにとても明るい星が見えた。
「アン、新星だよ」
私は椅子から飛び起きた。
「オリヴァー、明かりを!」
ステファンが呼ぶと、オリヴァーは明かりをもって飛んできた。
暗さに慣れた目に、明かりが目に痛い。
「アン、どうする?」
「うん、下の誰かに上がってきてもらおう。私、行ってくる」
するとオリヴァーが止めた。
「聖女様、殿下もですがあわてておられます。私がどなたか呼んでまいりますから、座ってお待ち下さい」
ややあって、フィリップの声がした。
「ステファン、どうした!」
声が緊張している。内容は知らされていないらしい。
「聖女様、大丈夫?」
その声はヘレンだった。二人とも、私達に異常事態が起きたと勘違いしているようだ。息を切らしている。
「僕達は大丈夫、なにも問題ない。二人共、東の空を見てくれ」
ハアハアという息がしばらく聞こえていた。そしてヘレンの声が言った。
「あんな星あったっけ?」
「新星だろう」
フィリップもステファンと同じ結論に達した。
「みんなを上に呼ぼう。今日の訓練は中止したほうがいいだろう」
フィリップの意見に私は賛同したが、ステファンはちょっと違った。
「レギーナとクリストフも呼んでくれ。大至急だ」
レギーナは親衛隊の事実上のトップ、クリストフはここにいる近衛騎士の最専任だ。
「どういうこと?」
私が聞くとステファンは答えてくれた。
「僕達はこれを科学的な出来事と捉えているが、政治は違うと思う。天の与えたなにがしかの予兆ととらえ、政治活動の材料にされる可能性がある。だから誰よりも先に聖女がこの現象を捉え、見守っていると中央に知らせたほうがいい」
フィリップも
「そうだな、俺もそうしたほうがいいと思う」
と言った。
ややあって屋上にクリストフ、続いてレギーナが現れた。
「遅くなり申し訳ありません」
謝るレギーナの格好は、就寝中であったようだ。
「お休みのところ、申し訳ありません。私達の身に危険が及んだのではないのですが、ある意味、緊急事態が発生いたしました」
私はそう言って、東の空を指さした。
「あの星は、昨日まではありませんでした。新星といいます。稀に起こる現象です。ステファン殿下が発見されました」
二人はその星を見ている。
「確かに、あんな星は存じません」
クリストフが答えた。近衛騎士団では夜間の行動のために、星についても学習しているのだ。
ステファンが、私の話に続けた。
「あれは稀ではあるが、特別なにごとか起こる前兆ではない。そのことは聖女様が保証する。しかし動揺する臣民もいるだろう。だから、いち早くこの現象について国王陛下に報告する必要がある。クリストフ、早馬をだせるか」
「はい、昼ほどの速さは無理ですが、行けます」
「ではすぐに出せ」
「殿下、ちょっとお待ちを」
フィリップが口を挟んだ。
「なんだ?」
「殿下、文面をきちんとすべきです」
珍しくフィリップが臣下としての態度をとっている。それだけフィリップがこの現象への対応を真剣に考えていることがよく分かる。
「ええと、そうだ。ステファン第二王子が新星を発見され、その新星を聖女様が暖かく見守っておられる、どうでしょう?」
「うん、いいと思う」
私の言葉は簡単だったが、実のところ感動していた。第一発見者がステファンであることを明確にし、それを私が「暖かく」見守っていることで凶兆でないことも強調している。さらに言えば、ステファンと私の親密さもわかり、素晴らしい作文だと思う。これを秒で考えつくフィリップの頭脳明晰さに舌を巻く。
さらにフィリップが続ける。
「おそらくきちんと中央には状況を説明したほうがいいと思います。明日、僕が行きます」
「ああ、そうだな」
私は口を挟む。
「フィリップ、ヘレンを連れて行って。聖女室とか第三騎士団への説明はヘレンもいたほうがいいと思う」
「わかった」
ステファンが決断した。
「よし、クリストフ、早馬を出すぞ。フィリップ、さっきの文面を書類にしろ。僕とアンがサインする。あと、遅れてフィリップとヘレンが説明に王都に行くことも書いておいてくれ。では、かかってくれ」
私は私でレギーナとヘレンに指示した。
「ヘレン、悪いけどお願い。何日か向こうに二人で滞在できるよう、準備して。レギーナ、ヘレンと同行する女騎士の人選を頼むわ」
二人は、屋上から走って去っていった。
フィリップも書類づくりに下に降りた。突然フローラがいい始めた。
「新星の観測は、とりあえず今夜は私とケネスでする。新入団員たちの半数も今夜は手伝わせる」
突然の仕切りに私は驚いた。
「あのさ、私にも観測させてよ」
「だめ、どうせできることは位置の測定と、周りの星との明るさの比較くらいしか無い。それはあんたがいなくてもできる」
冷たい。
「それよりも、これが政治的な動揺を引き起こす可能性があるんだから、あんたと殿下はちゃんと体調を整えないとダメ。マルス、ネリス。二人を寝かしつけて」
「承知!」
私はネリスとカリーナに両脇を固められ、強制的に寝室、正確にはベッドまで連行された。