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第53話 NOVA

 目を覚ますとテーブル上には筆記用具、そして持ち込んでいた算術の参考書が置いてあった。

「そろそろ勉強したい時間じゃないかなってね。聞いてるよ女学校時代、疲れたとき算術の勉強で回復したらしいね」

 嬉しいのと同時に恥ずかしくもなる。照れていてもしょうがないので、

「じゃ、勉強しよ。相対論的量子論、やらないと」

「それはありがたいな、勉強できなかったところだから」

 修二くんは物性だから、ふつう研究に相対論は必要ない。まして実験だから相対論的量子論は勉強する時間的余裕がなかったはずだ。私も理論とは言え物性だから必要ないと言えば必要ない。だけどたとえばごく普通の超電導現象では、2つのスピンが異なる電子がペアになる。スピンというのはある種の回転みたいなものだが、電子はその回転状態を2つしか取れない。この不思議なスピンは、相対論的量子論を勉強すると自然に理解される。

「これは勘でしかないのだけれど、ブラックホールを量子論的に扱わないといけないと思うんだよね」

「そうだね」

「まずはフィリップが言っていることが理解できるところまでは勉強しないと」

 フィリップこと明くんは、向こうでは宇宙論をやっていた。まさしく私達が通ってきたブラックホールもその研究分野に含まれる。

「しかしさ、あいつのせいでこっちに来たようなもんなんだよな」

 ステファンが珍しく不満を言う。


 そうなのだ。明くんが雑談で私に夢でブラックホールに飛び込めといい、わたしはうっかり夢でブラックホールに入ってしまった。私を含め仲間全員の向こうでの最後の記憶は夢の中のブラックホール。だから帰るための鍵はブラックホールの物理を探るしかないとみんな考えている。


「でも、アンは物理を勉強することができれば、あんまり文句は無いよな」

「ごめん、その通り」


 私達はそのまま日が陰って字が読みにくくなるまで、そのままベランダで勉強を続けた。

 字が読めなくなっても私は部屋に入る気はしなかった。夕暮れの風景を見ていたかった。


 夕食はいつもの通り、みんなと摂ることになっている。ステファンと食堂へ行くと、早速ヘレンが話しかけてきた。

「ルドルフが来たよ。アンが呼んだの?」

「うん、ステファンに会わせたくて」

「で、どうだった?」

「ルドルフに奥さんができたら、紹介してくれるって」

「なにそれ?」

 

 その後、昼間の私達の行動を根掘り葉掘り聞かれた。


 夕食後、みんなはいつも通り中庭で新入団員たちの観測訓練、私とステファンは離宮の屋上へあがって星を眺めることにした。


 もう真っ暗になっていたので、明かりを持った騎士のオリヴァーが案内してくれた。屋上には昼に使ったのと同じ深いリクライニングの椅子が用意されていた。そこに座らせてもらうと、オリヴァーは下がっていった。


 目が慣れてくるに連れ、見える星の数がどんどん増えていく。


 星の配列は地球の記憶と全く違う。なんとか記憶にある星座と類似したものが無いか探す。星の観測を始めていたから、この世界の星の配置はある程度頭に入っている。

「ステファン、あっちの星座と似ている形無いかな」

 もし似ている形があれば、それは元いた地球と近い恒星系にいるとか、地球であっても大きく時間的に異なることになる。

「う~ん、僕も同じことを考えているんだけど、全然わかんないね」

「天の川はあるのにね」

「そうだね、だけど銀河系外の銀河にいる可能性もあるしね」

「そっか」

「そうなると、位置を決定するのは絶望的だな」

「逆にね、もし銀河系とか銀河系近傍の系外銀河にいるとしたら、それを証明する方法はないかな」

「うーん」

「地球から肉眼で見える系外銀河って、M31、M33、大小マゼラン雲くらいよね」

「ああ」

「だから星を探すんじゃなくて、系外銀河を探すほうがいいんじゃないかな」

「なるほどね」

「だけど大小マゼラン雲の位置、私知らない」

「僕も知らない」

「フィリップが覚えてないかな」

「明日あたり、聞いてみるか」

「そうね」

「じゃあ今日は、系外銀河を探そう」

「うん」

 

 目というものは、視野の中心部分の感度は低い。細かいものを見るには適しているが、暗いぼんやりとした天体は視野の中心から少しズレたあたりのほうが感度が高く適している。だから夜空の一点をぐっと睨むのではうまくいかない。

 時間をかけ見ていくと、空の何箇所かに白いしみのようなものが見つかった。ステファンと教え合い、確認していく。

「メモ取りたいけど、明かりをつけたら目がまた見えなくなっちゃうね」

 ステファンは明かりが目に入ると瞳孔が閉じてしまい、再び暗さになれるのに時間がかかることを指摘してる。

「今夜はなるべく記憶して、あとでメモ取るしかないわね」

「それにしても、散開星団だか散光星雲だかわかんないな」

「王都にもどったら記録しらべようよ」

「もどりたくないけどね」

「そ、そうね」

「アンは正直だな」

「ごめん」


 そう、王都に戻るのは夏の終わり、このバカンスの終わりを意味する。離宮の日々は終わってほしくない。それは間違いなく私もステファンも同じだ。しかし同時に、この世界の真実を知りたいという欲求もまた強い。もうこうなったら年齢も立場も無視して、とっとと結婚してしまおうかとも思う。

 前世でも別離に耐えきれなくて勢いで結婚してしまった。

 あの事自体は今でも正解だったと確信している。

 私の基本的気持ちは変わっていない。

 この世界で結婚を強行したら、仲間たちはまたやったと笑うだろう。


 美しい星空の下、気持ちはごちゃごちゃになった。


 日周運動により星の位置がかわったのが肉眼でもわかるほど時間が経った。そろそろ寝ないといけないかもしれない。この位置から動きたくないと思っていたら、ステファンが突然大きな声をあげた。

「アン、東の空、あんな星あったか?」

 東の空低くに、とても明るい星があった。

 何日間の観測で、あんな星があったか記憶を探る。

「アン、新星だよ」

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