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第52話 一流中の一流

 ルドルフが去ってから、同行の騎士たちがタープを張ってくれた。日差しが遮れるのでうれしい。タープの下にはテーブルと椅子が用意され、さらに嬉しいことにお菓子や飲み物まで準備されている。騎士たちに礼を言うと、

「軍事用のもので申し訳ないのですが」

と恐縮されてしまった。確かにタープは濃い緑色だし、テーブルにも椅子にもなんにも装飾がない。騎士団育ちの私には、汚れや傷ひとつないほぼ新品の道具たちを用意してもらって、そのほうが申し訳ないくらいだ。恐縮する騎士クリストフにステファンは、

「聖女様は機能美を愛するから、このほうがいいんだよ」

と言ってくれた。

「機能美ですか?」

「そう、その道具の使用目的だけを果たすべくデザインされたものは、装飾がなくともそれだけで美しいものだよ」

「そうですか」

 クリストフはあまり納得していない様子である。私も、

「私は、このスッキリしたテーブルや椅子も、大好きですよ。使い慣れてますし」

と言っておく。

 椅子に腰掛けたところでステファンはクリストフに、

「僕達はここでのんびりして、昼食もここで食べる。君たちも交代で休憩してくれ。日差しがキツければ、このタープにはいってもらって構わないから」

と指示した。


 タープの下から眺める湖の景色は紫外線が強く眩しい。散乱する紫外線で、タープの下でもある程度日焼けするだろう。タープの色が濃いから赤外線はかなり遮断されているようで、風がとても涼しく感じられる。

 

「アン、何考えてるの?」

「うん、紫外線の散乱と、タープの赤外線カット効果をね……」

「出発前、アンは難しいこと考えていたんじゃなかったの?」

「あ、そっちね」

「ハハハ」


「あのね、ステファンの健康問題なんだけどね」

「ああ、秋の収穫祭には僕も同行するんだろう。一緒に居れるじゃないか」

「問題はそのあとよ。私には聖女としての公務があるし、ステファンも健康であれば第二王子としての公務が出てくるでしょう」

「だろうね」

「もしもだよ、考えたくないけど、また私とステファンの距離が大きくなっちゃってね、それでまた具合が悪くなってしまったらって考えたら、私、不安で」

「まあそうだな、定期的に会えばいいんじゃないかな。以前もそうだったわけだし」

「そうなんだけど、そうなんだけどね」

「うん」

「秋の収穫祭巡りのあとも、私はなんとかしてステファンの近くに居たい」

「うん」

「理由は2つある。一つはステファンの健康が、やっぱり心配」

「うん」

「もうひとつはね、これだけステファンの近くで過ごしたあと、あなたと離れて暮らすのに耐えられる自信がない……」

「アン、泣かないで。僕も考えるよ」

 ステファンは立ち上がり、私の後ろにまわって私を包みこんでくれた。


 このまま時間が止まってしまえばいい。


 腹時計という言葉がある。ステファンとの大事な時間を邪魔し、時の経過を告げたのはなんと私のお腹だった。派手に音をたてやがったのだ。


 しかし有能なのは、今日同行した騎士たちである。無言のままテーブルを拭き清め、どこに隠していたのかサンドイッチと飲み物を並べた。皆の気遣いとチームワークに感動した私は、感謝を示すことにした。

「みなさん、ありがとう、早速いただくわ」

 お祈りをし、早速口をつける。

「とってもおいしいです。あの、私達だけ食べるのは気が引けるので、みなさんもどうかお食事を」

 やっぱり有能な騎士たちは、私に気を遣わせないためだろう、交代で食事をしてくれた。

 どこをどうやったかわからないが、食後に出されたフルーツは冷たく美味しかった。


 午後の最高気温を迎える前に、私達は離宮に帰った。


 離宮では女官が先導してくれ、寝室のベランダに直行させられた。私がふらふらと工房などへ行かないように警戒しているのがわかる。そんなことしなくても、今日の私は脳内お花畑なのに。


 用意された椅子はリクライニングが深く、快適そうだ。

 よく躾けられた私は、スタッフたちに余計な負担をかけないよう、ニッコリと笑顔を見せて椅子に腰掛ける。するとステファンは自分用の椅子を、自分で移動させ私の椅子の横にぴったりとつけた。

 そして腰掛けて、何も言わずに私の手を握ってくれる。


 休憩するはずが、心臓がドキドキしてきた。


 どうすればいいのかわからず、ただ単にステファンの手を握り返す。


 全神経が手に集まっているような気がする。


 ステファンの手の力が緩んだ気がした。息の音がスースーと聞こえる。寝たらしい。私も寝てしまおう。


 寒さを感じて意識を取り戻した。横目で見るとステファンは手を繋いだまままだ寝ている。首を動かして見回すと、エリーゼさんが見えた。

 エリーゼさんは足音もさせず近づいてきた。

「ごめんなさい、少し寒いのですが」

 小声でお願いすると、エリーゼさんは笑顔で返事をしてくれた。そしてエリーゼさんは私とステファンに、そっとブランケットをかけてくれた。


 一流中の一流というのはすごいものである。私がステファンを起こしたくないという希望を理解して、足音も立てないし、返事も笑顔だけでする。かけてくれたブランケットも、厚すぎず薄すぎず、今の気温にちょうどよいものだ。だいたい、肌に載せられた感覚もほとんどわからないレベルだ。

 そんな一流も完璧ではない。ベランダに置かれた椅子の配置は、ステファンの希望の位置にはなかった。だからステファン自ら椅子を動かした。

 いや待てよ、なぜ誰もステファンを手伝わなかった?

 普通王子が自分で椅子を動かすか?

 この椅子、結構重いぞ。


 もしかしてステファンがそうすることを予期していて、しかもそれで私が喜ぶ事もわかっていて、わざとあんな椅子の配置にしたのか。


 聞くわけにもいかないそんなことを考えていたら、またも寝てしまった。

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