第49話 訓練方針
ヴェローニカ様は離宮に3日ほど滞在しただけで王都に戻っていった。秋にステファンを私達に同行することの許可を求める陛下宛の手紙をヴェローニカ様に託した。ヴェローニカ様は、
「私からもお願いしてみるよ」
と言ってくれていた。その口調は聖女と騎士団長とか、騎士団長と団員とかという関係のものではなかった。後輩の家族を心配する先輩という感じだった。いや、友人の幸せを願う感じのほうが近いかもしれない。いずれにせよ、ヴェローニカ様は私にとって仕事上の関係だけではとっくになくなっていることを実感させた。
ヴェローニカ様が帰ったあと、新入団員たちは少しリラックスした雰囲気になった。私達にも軽い口調で話してくれるようになった。
二日ほど訓練・授業を進めた頃、私は若干の問題を感じていた。感じてはいたものの、それをどうすればよいか良くわからなかった。そしてそれを私に指摘したのは、マルスだった。
「聖女様、僕が言うのもなんなんすけど、新入団員に甘くないすか?」
私の持つ違和感を、マルスも感じているらしい。
私は調べることにした。
最初にフローラ、ヘレン、ネリスに聞いた。
「あのね、マルスに言われたんだけど、私、新入団員に甘いらしい。みんなはどう思う?」
ヘレンの意見。
「うーん、聖女様、丸くなったかな」
体型のことではなかろう。
フローラの意見。
「確かに、甘やかしてる感じはするね。もっとビシっと言っていいんじゃないかな」
ネリスの意見。
「聖女様が甘やかすと、レギーナたち親衛隊がやりにくいんじゃなかろうか」
私はネリスに聞いた。
「うむ、聖女様が騎士団長代理になる話はもう、第三騎士団では知らぬものはおらんじゃろう。すると指揮系統から言って、聖女様はレギーナたちより上になる。その聖女様が優しく接していたら、レギーナたちも訓練をつけにくいんじゃないかな」
「そっか、私は勉強のときに、安易に質問に答えすぎることかと思ってたんだけど、そっちか」
「「あのねぇ」」
ヘレンとフローラはかなり呆れた声を出した。
ネリスはネリスで、
「マルスは聖女様から以前、相当かわいがってもらったからのう、マルスは不満なのじゃろう」
と、勉強面でも甘やかしていることを指摘されてしまった。仕方ないので、
「じゃあどうしたらいいと思う?」
と聞いてみた。
結局ネリスが答えてくれた。
「う~む、ここはやはり親衛隊の意見を聞くのが良かろう」
その日の夜、私は親衛隊の手空きの者を呼び出していた。私は断腸の思いで観測から外れ、そうすると自動的に新入団員たちとは別行動になる。つまり話の内容を聞かれないで済む。
やってきてくれたのは、レギーナ、レベッカ、カロリーナの3名だった。私の側にはネリスとマルスに来てもらった。
「レギーナ、レベッカ、カロリーナ、非番のところなのにありがとうございます」
「いえ、お呼びとあればいつでも参ります」
「それで今夜のお話なんですが、新入団員の教育方針についてです
レギーナは笑い出した。
「いつものことですが、聖女様はいきなり本題に入られるのですね」
「はい、で、私の仲間たちに言わせると、私は新入団員を甘やかしているというのです」
「そうですね。私にもそう見えます」
レギーナはそう言って、同席する親衛隊員たちの方を向いた。二人はうんうんとうなづいている。レギーナは続ける。
「聖女様は、なにか新入団員たちに遠慮してませんか」
そう言われると、数学で質問をされると、つい解法や手順を教えてしまっている気がする。今まで騎士団で教えてきた騎士たちは、すでに一人前の騎士だった。だから彼らにもプライドがあるし、彼らが質問してくるときは考えに考え抜いて、それでもわからなくて質問してきていた。ところが新入団員たちは女学校を卒業したばかり、しかも普通なら卒業してしばらくは実家などでのんびりしてから職に就く子が多いのだ。それを彼女たちは騎士団の都合で卒業即入団となっていて、ちょっと気の毒に思っていた。
「彼女たちは見習いとは言えすでに給金ももらっています。早く一人前になってもらうためにも、ビシビシとしごいていただいていいと思いますよ」
「はあ」
続いてネリスが発言する。
「ワシから見ると、ヴェローニカ様がお帰りになってから、ちょっと弛んでるように見える。そうではないですか、カロリーナさん」
「そうですね、レギーナがいるときはともかく、レギーナの見えないところでは確実に弛んでるわね」
そしてマルスがまとめた。
「あのですねぇ、昔僕をしごいたときのように、自力でやるようにすればいいんですよ。基本的にはあの人達優秀ですよ。観測と勉強については聖女様がしごき、騎士としての訓練はレギーナさんたちに任せればいいんですよ」
「わかった」
ちょっと間があいて、ネリスが発言した。
「そうじゃ、ワシの朝のランニング、新入団員にも参加してもらおう!」
レギーナたちの表情は微妙である。
「あのさ、ネリスいいの?」
「いいにきまっておろう」
「いや、マルスとのデートなんじゃないの、あれ」
「何を言う! デートが半分、訓練が半分じゃ!」
ネリスは自分が言ったことの中身に気が付き、顔が真っ赤になった。
「マ、マルス! 問題ないよな!」
「は、はい」