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第48話 数学の講義

 私とフィリップの健康問題についての調査を決めた翌日、午後になって工房で作業する私達のところに第三騎士団の新入団員たちがやってきた。工房前の廊下に整列する彼女たちは、女学校の卒業式の翌日に会っている。ただ、申し訳ないが顔と名前が一致しない。

「大変失礼なのはわかっているのですが、今一度自己紹介してくれないかしら」

 工房の人たちへの紹介も兼ねてちょうどいいと私は思った。


 工房の人たちの反応は良かった。男だらけの工房に若い女性が10人も来たのだ。ついでに言うと、先行していた私達4人は子どもなくせにパートナーがいる。工房にも新入団員にも浮いた話があっても悪くないと思う。


 新入団員には早速観測台に来てもらって、各種装置の説明を行う。明るいうちに扱い方を身に着けてもらって、早速今夜から観測を始めてもらおう。工房の人たちもなぜか全員ついて来た。若い女の子たちとお近づきになりたいのは理解できるが、そんなに焦らなくてもこれから嫌と言うほど一緒に作業するのにな、と思う。


「じゃ、観測器具の使い方は、私が説明するわ」

 私がそう言うと、フローラ、ヘレン、ネリスに睨まれた。ステファンはニコニコ、マルスは目を丸くして驚いている。フィリップは下を向いて笑いをこらえている。

 理由はわかっている。始まっている観測に私も参加したのだが、私だけ誤差が異常に大きい。予想通りと言えなくもないが、私はショックを受けていた。前世ならともかく、この世界でも例の「効果」が顔を出しているのだ。そういうわけで測定からは外され、せいぜい記録係くらいしかやらせてもらえなかった。時計の読み上げすら仲間たちは許してくれない。この世界の時計など、ろくな精度なんか無いのにもかかわらずである。こういうときは私は決まってマルスに文句を言う。一番立場的に弱いマルスこそ、私に味方してくれる気がするし、ステファンにすがってもどうせ優しく諭されて終わりだからだ。

「まあ聖女様、しかたないじゃないですか。今に始まった話じゃあるまいし」

 マルスはそう言って、私の味方にはなってくれなかった。悔しいのでマルスの後ろ盾であるネリスも睨んでおく。


 そんな事情を知らない新入団員たちは、私の説明を素直に聞いてくれる。そして太陽を相手に四分儀をつかってもらうと、まあまあの数値を言ってくる。よしよし。私は職人さんたちからのポイントを稼ごうと、どの装置をつかったのが誰なのか、しっかり伝えておいた。わすれずにヤニックさんのことも触れておく。

「今、各器具はなんの装飾も入っていないけど、それはまだ試作品だからなの。完成品にはこちらのヤニックさんが素敵な装飾を施してくれる予定なの」

 私はヤニックさんに目線を合わせて「楽しみにしております」と言っておいた。ヤニックさんは装飾だけでなく、機器の制作にも骨を折ってくれている。


 全員に一通り機器の使い方を教えたところで、食堂に移動した。彼女たちに観測にまつわる学問的なことを教えなければならないのだが、人数が多くなってしまったので食堂くらいしか適切な広さの部屋がなかったのだ。

 幸い、新入団員たちは皆算術は優秀だった。三角関数と基礎の微分積分くらいは習得させてある。

「これから皆さんに、観測の背景を理解してもらうため数学的な素養を磨いてもらおうと思います」

 私は食堂に着席してもらった新入団員を前に話を始めた。

「みなさんは三角関数は勉強していますが、それはあくまで平面上の話です。ですがこれを立体に拡大していかなければなりません。観測してもらう星はある意味球面上にあると考えられますが、球面ではたとえば三角形の3つの内角の和は2直角にはなりません」

 私は移動式の黒板に球体を描き、その球体上に地球で言えば北極点と赤道上の軽度0度と90度の点をむすぶ三角形を描いた。

「明らかにこの三角形の3つの内角の和は3直角です。まあいきなり球面の話をするのは難しいので、まずは平面上の図形の問題を扱う、強力な方法をお教えします」

 私はベクトルの概念を教え、基礎の練習問題を彼女たちにやらせた。


 問題に手を動かす彼女たちを監督しながら、私はたまたま近くにいたフローラに話しかけた。 

「これからベクトル、行列、一次変換、そして線形代数と楽しみね」

 するとフローラは冷たいことを言う。

「あのさ、夏の間にベクトルが終わるかどうかってところだよ」

 そうだった。ヴェローニカ様にこの子達をどうやって長期にわたって借り受けようか考えていると、フローラは小声で付け加えた。

「それにしても聖女様って、ときどき馬鹿よね」

「?」

「この子達の名前と顔覚えてないからって、正直に言うこと無いのよ。職人さんたちに自己紹介させるだけで充分だったのに」

「あ」


 あっという間に予定の時間はすぎた。新入団員たちは疲労のたまった顔つきをさらしてしまっている。ティータイムにしようと思ったら、新入団員の一人、ブランカが発言した。

「あの、聖女様、天体観測のための数学はもちろん真剣に学ばさせていただきます。ですが私達は騎士団員です。この算術は軍事にも役立つのでしょうか?」

 予期していた質問だった。

「もちろんです。先の戦争で活躍した新兵器はみな、着弾点を算出して射撃していたんですよ」

 多少の誇張は許されるだろう。

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