第46話 ウィッピング・ガール
ヴァイスヴァルトの離宮に突然現れたヴェローニカ様は、親衛隊に整列をかけ、こっぴどく叱責していた。
「今の聖女様は、ご健康と言えるのか」
「ハッ、言えません」
ヴェローニカ様は口調を改め、話を続けた。
「レギーナ、貴様には失望したぞ」
「ハッ」
「聖女様のご尊顔、貴様は正視できるのか。目の下にクマがはっきりでているではないか」
「ハッ」
「貴様ら、聖女様は御年15でしかないのだぞ、貴様らと同じペースで仕事などできるわけなかろう。その証拠に、フローラ、ヘレン、ネリスも疲れ果てた顔つきではないか。このままでご成長が止まるぞ」
「ハッ、申し訳ありません」
そうだった。札幌で研究してたときは二十代前半、パワーが有り余っていた。二日くらい徹夜しても大丈夫だった。だけど今、肉体の年齢は十五、まだ成長期である。
「聖女様はお仕事に熱心であらせられる。貴様らはそれにつけこみ、知らず知らずのうちに聖女様を追い込んでいたのだ」
「重ね重ね、申し訳ありません」
「貴様らには猛省を促すとともに、二度とこのようなことがあらば、全員更迭することを明言しておく。解散!」
ヴェローニカ様は大股で歩み去り、親衛隊の面々もバラバラと散っていった。私は中庭に取り残され、親衛隊若干名が私が声をかけにくいような位置で、警護につくのが見えた。
ウィッピング・ボーイと言う言葉がある。
イギリスだか、とにかく昔の西洋で、王子とか若い王とかが普通ならひっぱたかれるようなことをしでかしたとき、王子または王の代わりに体罰を受ける係である。
私はぼんやりと、そんなことを思い出していた。
立ち尽くす私に、フローラが寄ってきた。
「聖女様、ちょっと」
「はい」
私はフローラに連れられ、私達の寝室に隣接している応接室に行った。なんとなく、ステファンはじめ男子たちと私を含む女子四人、合計八人が応接室に入り着席した。
みんななかなか口を開かなかったが、最初に発言したのはステファンだった。
「みんな、申し訳ない。研究となったらアンがこうなることは分かりきっていた。一番に止めなきゃいけないのは僕なのに、僕自身アンといっしょに仕事できるのがうれしくて、それに負けてしまった」
するとヘレンも、
「いや、殿下は悪くない。だって殿下は本当に久しぶりだったでしょう。アンと長いこと一緒に活動してきた私達が、こうなる前になんとかすべきだった」
と言う。なんとマルスまで、
「いえ、後輩の僕こそが、聖女様に怒られること覚悟で、聖女様を止めるべきでした」
などと言う。しかも全員、私がいけないことにしている。
「あのさ、私が暴走したことは事実だけど、なんか私だけ悪者になってない? みんなだって、喜んで観測したんでしょ?」
するとヘレンが答える。
「まあそうだけど、私ならあそこまではやらないかな」
ネリスも、
「連日徹夜体制じゃからな」
と言った。他の男子はとフィリップを見ると、
「これは聖女様の負けだな、な、ケネス」
「だな」
となってしまった。最後にフローラが、
「観測体制、考え直そう。でもその前に、聖女様、ちゃんとレギーナにあやまんなよ」
と締めくくった。
そういうわけで、私はレギーナに謝りに行った。レギーナは騎士の詰め所にいた。
「レギーナ、今日は本当にごめんなさい。私が好き勝手やっていたせいで、あんなに叱られてしまって」
レギーナはヴェローニカ様に公衆の面前であれほど叱責されたにもかかわらず、ケロッとしていた。
「聖女様、ああいうやり方もあるということも、知っておいてください」
「目上の人の代わりに、目下の者を叱りつけるということ?」
「そうです、そのとおりです」
「もしかしてレギーナ、最初からそれ、わかってたの?」
レギーナは笑い出した。
「そりゃそうですよ、聖女様のお仕事ぶりをなんとかしようとヴェローニカ様に相談したの、私ですから」
私は「はぁ」としか返事ができなかった。
次に私は、ヴェローニカ様のところに行った。廊下を歩きながら、ネリーの雨乞いが、私達の休息のためだということに漸く理解できた。ヴェローニカ様は、食堂でお茶を飲みながらくつろいでいた。
「ヴェローニカ様、今回はお手をお煩わせし、申し訳ありません」
「とんでもない、私は聖女様のご健康が心配なだけです」
「はあ」
「そんなことよりも聖女様、今、星の観測にご注力されてるとか」
「そうなのです。どうしても深夜になるので、それが問題です」
「聖女様、連れてきた今年の新入団員、観測のお役にたてませんかね」
「はい?」
「とりあえず彼女たちに観測の仕方を教えて下さい。人員が増えれば、観測の体力的負担は分散されるでしょう」
「あ、ありがとうございます」
なんとヴェローニカ様は私達の無謀な活動を止めるだけでなく、私達の抱える問題の解決策までもたらしたのだ。
「本当になんと申し上げたらよいのやら……」
「ハハハ、そんなことより聖女様、ステファン殿下と生活されて、なにか気づいたことはありませんか」
「い、いえ、うれしいだけで、なにか気づくなど……」
「殿下は病弱ということでしたよね」
「そうですね」
「聖女様たちが目の下にクマをつくるまで活動されても、ステファン殿下は倒れられてないですよね」
「あ」
「おそらく、聖女様の存在ですよ」
「はい」
「これがどういうことなのか、よくお考えください」