第45話 親衛隊整列
やっと中庭の観測台が完成した。正確にはステファンがOKを出した。
「まずはきちんと南北を出したい」
ステファンの方針は決まっていた。私達はさんざん議論を重ね、作業は決まっていた。
観測台は中庭にあるから日の出も日没も観測できない。だから太陽高度が30度になる方位を正確に測ることにした。観測台の中心には、ほぼ目の高さに置かれた尖った棒が垂直にたてられている。そして観測台の南東と南西の方向に、その棒の先端から高さ30度になるところに針金が水平に張られている。棒の先端と針金の間には、煤をつけて黒くしたガラス板が置かれ、肉眼での観測を可能にした。棒の先端と水平な針金、そして太陽が一直線になった瞬間を観測するのだ。数日かけて予備的に観測し、太陽高度30度になるおおよその方位は出しておいた。
今日、いよいよその方位を決定し、真北と真南を決定する。
朝食を早めに摂る。いつもの朝食だと、その間に太陽高度が30度になってしまう。そのことが判明して以来、ずっと朝食を早くしてもらっていた。関係者には申し訳ないと思う。
幸い今日はよく晴れている。
「別に全員でやらなくてもいいのにね」
ヘレンがつぶやく。それはそうだが、やっぱり観測第一号、みんな参加したがった。
直接観測するのはステファン、記録係は私だ。ステファンが太陽高度が30度になった瞬間に指示し、針金のその場所にマルスがマークをつける。ネリスはその時刻を時計で読み上げ、私が記録する。そしてマルスがつけたマークを方位磁石で測り、これも記録する。
この一連の作業は、私達がヴァイスヴァルトに滞在中、毎日行うことにした。担当する人もかえる。観測回数を増やすことで誤差を小さくし、人もかえることで観測者のクセも抑え込める。
南北の観測を3日続けたところで、一旦南北を決定した。「一旦」というのは、将来誤差が判明してきたらまた修正するからだ。そして観測台の方位を決定したところで、いよいよ星の観測に入った。ステファンの作った機材を使って、1時間おきに目立つ星の方位と高度を測定する。これを精密にやっていくことで、この土地の緯度がわかるはずだ。さすがに一晩目は、機材の使い方に慣れることが主たる内容になってしまう。
ついに、ついにやってくる学問漬けの日々。私は満足していた。力いっぱい学問をし、そばにはステファンが居る。もちろん聖女としての仕事も女子大関係の仕事もきちんとやる。聖女の仕事は、秋からの収穫祭めぐりの日程関係が中心だ。
朝起きて太陽高度30度の方位と時刻を測る。
午前中は事務仕事をしっかりやる。
午後は観測機器の改良と、物理・数学の勉強をする。前日やった星のデータの整理も行う。
太陽高度30度の測定も忘れずに行う。
王都からの定期便に目を通し、急ぎの決裁も行う。
日が暮れたら星の位置測定を行う。
睡眠は交代でとる。
私は高揚していた。これぞまさしく研究者の生活だ。体の疲れは感じるけれど、札幌でやっていたこととか、修二くんが東海村でやっていたことと比べれば大したことではない。生活面は離宮の人たちが完璧に整えてくれる。食事もおいしい。事務についても、どうしても私でなければできないことだけが私のところに回ってくる。測定に関してはステファン、ヘレン、ネリスがプロだし、職人さんたちも積極的に支援してくれている。数学の勉強ではフィリップの存在が心強いし、マルスもがんばっている。物質面の疑問はたいていケネスが答えてくれる。
最初の異変はネリスだった。早朝のランニングをやめてしまった。
そのうちヘレンも朝、厨房の手伝いに行かなくなった。
ふたりとも深夜、場合によっては朝まで星の観測をしているから、そんなものかと思っていた。
まあ私も夜は気絶するように寝てしまうし、昼間も居眠りすることが増えた。
そんなふうに研究生活に身を委ねていたら、身の回りの世話をしてくれているネリーが言った。
「聖女様には大変申しあげにくいのですが、私は近頃、雨乞いをしております」
連夜の晴天で星の観測は順調だった。
「ご出身の地方で日照りにでもなっているの?」
と聞いてみたら、
「そういうことではございません」
と答えられた。
高揚感に捉えられたままいろいろな仕事をしていたら、ある日突然ヴェローニカ様が現れた。私の顔をみて型通りの挨拶をしたら、近くにいたエリザベートに怒鳴った。
「親衛隊を全員集合させろ。大至急だ!」
ヴェローニカ様の後ろには第三騎士団の新人団員がいたのだが、びっくりしたのかオドオドとしていた。
ヴェローニカ様は、中庭の一角に親衛隊の八人を整列させた。フローラ、ヘレン、ネリスも一応親衛隊だから八人といっしょに整列した。私はヴェローニカ様の横に立たされた。
「レギーナ、親衛隊の任務は何か、言ってみろ」
まだヴェローニカ様は怒鳴っていた。
「ハイッ、聖女様のご安全をお守りすることです」
「ご安全とは、どういうことか」
「ハッ、お怪我なく、ご健康であらされることです」
「今の聖女様は、ご健康と言えるのか」
「ハッ」
怒鳴り続けるヴェローニカ様を前に、レギーナは詰まってしまった。