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第44話 離宮の一日

 離宮の朝は早い。単純に夜明けが早く、鳥たちが騒ぐからである。毎朝鳥の声で目が覚めベランダに出ると、小鳥たちがやってきている。私を見ても逃げない。

「みんなおはよう」

と声を掛けると、満足したように飛び立っていく。

「どう考えても、聖女様に挨拶しに来てるね」

 これも毎朝、フローラが話しかけてくる。その頃にはヘレンは厨房へ、ネリスはトレーニングに出ていく。


 朝食はみんなで食べる。緊急の報告がなければ、星の話かくだらない話で終わる。


 朝食後はデスクワークである。昨日処理しきれなかった聖女室や女学校、騎士団などから来ている決裁事項などを処理していく。

 こうしたデスクワークは、ステファンも含め、基本的には8人全員で行う。個別の仕事があればその人は席を外す。特にヘレンは厨房だったり、メイド部屋だったりから呼び出されることが多い。

 公的な事務仕事が終わったら、女子大関係の仕事をする。おおざっぱに枠組みを考えてから細かいことをつめる。そしてそのたびに枠自体の修正を強いられる。人員の規模であったり、人件費を含む予算規模だったりだ。

「あ~電算機があれば」

 ついぐちがこぼれてしまう。フィリップは、

「人力でモンテカルロ・シミュレーションやってるような気がしてくるね」

と、私と似たような印象を漏らす。


 モンテカルロ・シミュレーションとはコンピュータを用いた数値計算の手法の一つだ。問題の条件をランダムな数値として、その結果を計算する。その計算結果をまた同じ問題の条件として入力し、再度計算する。これを繰り返していけば、正しい答えに近づいていくというものだ。

 今考えている女子大の問題は、本当の意味でそういう話ではないのだが、大学の枠組みを設定してそれで大丈夫かかんがえると何かがだめで、それで枠組みを修正してまた大丈夫か考える。その無限ループが、モンテカルロ・シミュレーションに似ているような気がしてくるのだ。


 たとえば学費である。学費を設定し学生数を仮定すれば、大学の基本的な収入は決まる。学生数から必要な建物の規模、教員などの人件費がわかる。学費収入で足りなければ、寄付をつのるとかグッズ販売で稼ぐとかしなければならないが、学費自体の値上げも考慮のうちに入る。学費を上げると、それを払えない学生が増えてくるから奨学金を充実させる必要があり、これまた大学の支出を増やす。学費が払える家庭からだけ入学させれば良いと考えてしまうと、才能をもつ女性を国中から広く集めるという趣旨が歪められてしまう。さらに言えば、規模が小さくなるほど学生一人あたりの負担は増えてしまう。スケールメリットを受けにくくなってしまうのだ。

 このように学費一つ決めるにしても、最適解を探す作業は難航した。


 昼食後は、各自の任務をする。私とステファンは、天文台の建設のための工作、物理や数学の勉強を主にする。物理と数学の勉強は、強制的に全員に参加してもらう。私達の存在と未来の根幹に関わる部分だからだ。決して私の趣味ではない。ことになっている。

 フローラ、ケネス、ネリス、マルスは火薬とそれに関する兵器の研究・開発が主な仕事だ。ヘレンとフィリップは、調整役とか知恵袋としてあっちへ行ったりこっちへ行ったりしている。

 各自の任務をするのではあるが、必要だったり興味がわいたりすれば人の仕事にも首をつっこむしつっこまれる。これが楽しい。


 たとえば水準器である。ステファンは細長い箱状のものにその都度水を入れることで水準器とした。これはこれで大きなものの水平を取るには良い。だがいちいち正確に水を入れなければならないし、扱いをミスれば水がこぼれる。

「これさ、ヘレンに作ってもらえないかな。ヘレン、ガラス細工できるだろ」

というわけでヘレンを呼ぶ。ヘレンは見事な手つきでやってくれ、職人さんたちが称賛する。


 私が呼ばれることだって有る。大抵計算が難しくなってきているときだ。ケネスは化学出身だから、化学反応を統計力学的に扱うこともできる。反応速度を見込んだりする作業だ。これが物理出身のフローラやマルスは不慣れで、苦戦していた。私は単純に面白いと思って参加するので、フローラとマルスが喜んだ。


 ステファンが呼ばれるのは大抵力仕事だ。ネリスとマルスのパワーで足りないときに、ヘレンとフィリップが容赦なくステファンも呼ぶ。ステファンは単純に仲間と仕事ができるのが楽しそうだ。


 午後のお茶の時間には、王都から定期連絡が来る。お茶を飲みながら、ジャンヌ様とマリアンヌ様からの連絡を読んだり、持ってきた人から様子を聞いたりしたりする。急ぎ決裁すべきことは決裁し、相談すべきことは手紙に書く。時間をかけ考えるべきことは、頭の中で一晩寝かす。そして明日の朝のデスクワークでけりをつける。大抵の場合、どの書類にもジャンヌ様とマリアンヌ様が目を通し手を入れてくれているから、よっぽどのことがない限りそのまま決裁すればすむ。二人を信頼しているからとくに口を挟むことはまずない。ただ、決裁した以上知らなかったではすまないので、内容はちゃんと確認する。どうしても私でなければ決断できないことなど、まずない。もしそんなことがあったら、避暑地で勝手に判断できるわけはないので王都に帰る覚悟はしている。各騎士団とか病院などからも報告・相談の手紙が来るが、やはりすべてジャンヌ様とマリアンヌ様が開封し中身をチェックしてくれているので、ほとんど場合お二人の意見に可を出すだけですむ。

 国王ご夫妻からのお手紙は、さすがに開封されていない。宮廷の政治的な状況をお教えいただいているが、ステファンの様子もお尋ねになる。最優先でお返事をしたためる。

 もう一つ、ヴェローニカ様からも頻々とお手紙が来る。これも開封されていない。私信のはずなのにほとんどが第三騎士団の状況報告だ。そして私信であることをいいことに、ほぼ毎回のお手紙にいろいろと理由をつけてミハエル殿下とのご婚約の発表を遅らせようとする。これについては国王陛下にチクっておく。

 このようなデスクワークをこなすと、もう夕食が近い。


 夕食後、天気が良ければ星を見る。作りかけの観測器具を使ってみるのが楽しい。職人さんも交えて、あーでもない、こーでもないとやっていると、時間がどんどん経っていく。

 

 夢中になっていると、ネリーがやってきて「お休みの時間です」と告げる。わがままを言うと迷惑がかかるから、素直に従う。「楽しくて興奮して寝れそうにない」などと仲間たちと言っていたら、寝室にはハーブティーが用意されていた。

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